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92歳で胆のうがんを患った作家・瀬戸内寂聴「娘ではなく『血のつながらない家族』が身近にいてくれる」

source : 文藝春秋 2015年3月号

genre : ライフ, 人生相談, ライフスタイル, 医療, ヘルス

 新しい長編小説『いのち』(講談社)を出版した作家の瀬戸内寂聴さんは、今から3年前の2014年に脊椎の圧迫骨折と胆のうがんに見舞われ、「神も仏もあるもんか」と思うほど、苦しい1年を過ごしたそうです。92歳という年齢で大病を患い、治療とリハビリを進める中で「死生観」ががらりと変わったといいます。闘病の末にどんな境地へたどり着いたのでしょうか(出典:「文藝春秋」2015年3月号)。

瀬戸内寂聴さん

 昨年はこれまでの長い人生で最悪といってよいくらい、病気に悩まされ、精神的な苦しみがつづいた年でした。5月に92歳の誕生日を迎えたあと、脊椎を圧迫骨折して療養生活に入り、秋には胆のう癌が見つかって手術を受けました。

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 現在はおかげさまでリハビリも進み、体力はかなり回復してきました。ただ、この間に小説やエッセイの執筆、法話や講演などの活動は一切できませんでしたから、多くの方にご心配をおかけしました。私がどのような闘病生活を送ってきたか、そして現在はどのような心持ちで暮らしているかを詳しくお伝えしたいと思います。

 脊椎の圧迫骨折は今回で二度目になります。

 一度目は2010年の秋、88歳のときでした。旅先のホテルで、荷作りをしていた時、ギクッと音がして突然腰が痛くなりました。ぎっくり腰だろうと係りつけのマッサージにかかりました。このあとで関西の名医を紹介され、先生は診察室で私の顔を見るなり、「圧迫骨折ですね」と診断されました。その先生は自然療法を重視する方で、安静にしているだけで必ず治ると言われました。通常は3カ月前後だそうですが、私の場合は半年はかかるという見立てでした。

「なにぶんにもお年ですから」

 と言われてびっくりしました。88歳でも、自分は65歳ぐらいのつもりでしたから。それまでは誰からも「どうしてそんなに元気なんですか?」と尋ねられて、「元気という病気です」と笑って答えていたくらいです。

 私は素直に先生の言うことを聞いて、「ちゃんと6カ月は寝ていよう」と仕事は一切お断りして自宅療養に入りました。ベッドの上で食事をとり、ベッドの横にはポータブルトイレを置いてある生活。実際、腰に痛みがあって、ほとんど立ち上がれない状況でした。

 その話が伝わると、全国から名医を紹介するという連絡があったり、頼みもしない整体師の先生が訪ねてきたりと大騒ぎでした。うちはお寺なのに拝み屋さんまで来て。いくつか試しても効き目はないので、「本当に自然治癒しかない」と覚悟して、ベッドでじっと寝ていました。

 自宅療養に入って5カ月が過ぎ、「あと1カ月で立てる」と楽しみにしていたときです。東日本大震災が起こり、テレビで被災地のすさまじい映像が流れました。ハッと気づいたら、私はベッドから降りて突っ立っていました。まだ立てないと思い込んでいたので嘘のようでした。「ああ、やっぱり肉体の回復には気持ちの問題もあるんだ」と改めて感じました。

「これだけの大惨事が起きているのに寝てなんかいられない」

 そういう思いから元気を出して、自分の足で立って歩くように努力しました。6月初めには、名誉住職となっている岩手県二戸市の天台寺で法話会を開き、東北の被災地を慰問してまわりました。被災者たちの顔を見て「これはもっと行かなきゃ」と、夢中になって東北を訪れ、仕事にも励むうちに、腰のほうはすっかり回復し、以前よりも元気になっていました。そうやって無我夢中で4年間を過ごして、自分ではもう病気の心配はないと思っていたら、昨年5月にまた脊椎圧迫骨折で倒れてしまったのです。