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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #11 Black (後篇)「一日中引きこもって2000個もボケを考えているって言ったら、どんな顔すんねやろ?」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

 葬儀が終わると、親族の男達だけで棺桶を運ぶ。おっちゃんは小柄なのに、その棺桶は凄く重たかった。

 ウルトラマンくらい図体がデカい親戚がおらんで良かったわ。そんなん運ばされたら全員の腕もげるわ。

 こんな時ですら、そんなアホな事が大量に頭に浮かんでは、消えた。これは、部屋に引きこもり、毎日2000個もボケを考え続けた副作用だ。二年前に全身についた筋肉は、今では綺麗さっぱり消えてなくなり、それと引き換えに、この脳みそを手に入れた。

 人間の体内には、涙が生産される工場がある。そこの生産ラインが破綻しているみたいだ。

 僕は自分の脳を、涙一滴流す事なく、まともに悲しみに暮れる事すら出来ない装置に変えてしまった。

 棺桶は火葬場の中に入って行く。

 火葬場。人間を燃やすための場所。そこから出てきた骨の集合体が、一瞬だけ『憂鬱』って漢字の『鬱』の文字に見えた。

 白色の骨。裸眼でも、ガンに侵食されていた部分だけ、黒色になっているのが見える。おっちゃんは、この黒色に殺された。おじいちゃんもそうだ。この黒色に、親族がどんどん奪われていく。

 火葬場から葬儀場に戻ると、のっぺらぼうの老婆が話しかけてきた。

「もしかして、タカちゃんか? 大きくなったね。前はこんなに小さかったのに」

「あ……、はい」

 仲が良いわけでもなく、他人でもない。

 親族の皆で撮った写真はいつも、ジェットコースターの途中で勝手に撮影される写真みたいに、ぎこちない。

「すっかり、立派になって」

 なってへんわ。

「高校卒業してから、今は何やってんの?」

 全ての質問には最初から言って欲しい答えってものがあって、それを言う事が社会なんだと知る。

 真面目にバイトを頑張っている人間であって欲しいなら、そう見せてやるし、まともな、理解できる人間って事にしておけばそっちが安心できるなら、そういう事にしておいてやる。

 だけど、それオレじゃないけど、ええの? この会話、意味あんの?

 一日中部屋に引きこもり、2000個もボケを考えているって言ったら、どんな顔すんねやろ?

 目を閉じて死んだおっちゃんを出現させて、心の中で話しかけた。

「おっちゃんは何も悪くないのに、裸眼で来てごめんな」

 生前、優しかったおっちゃんなら、笑顔でこう言ってくれるはずだ。

「来てくれただけで、嬉しいわ」

 死ぬのはまるで、ドッチボールで当たって枠の外に出ていくのに似ている。そして僕は、何回も顔面に当たって、顔面セーフでここにいるような人間だ。

 「オレ、一日中部屋に引きこもって、2000個もボケを考えてるねん。……親戚全員、サラリーマンやのに、オレだけイカレとるみたいやわ」

 頭の中に現れたおっちゃんには、生きてる人間よりも本音で話せた。

 もうこの世に居ないはずなのに、生前よりもずっと近くに居るような気がする。

「頭おかしいって思われるから、この話、今まで誰にもした事無いねんけど、地球の真ん中には、体のどっちもが上半身の人間がいてるねん。

 その体のどっちも上半身の人間が、ダンゴムシみたいに丸まって転がり続けて、どんどん色んなもんを吸収していきよって、ほんで地球は出来ていってん。地球のはじまりはな、どっちも上半身の人間からやねん。オレ、ネタ作っとる時だけな、そいつが頭の中に現れるねん。ほんで、オレそのものがどんどんそいつに吸収されていって、気づいたら頭の中でオレは地球のはじまりのそいつになっとんねん。オレにとって、ネタを作る事はな、地球のはじまりになる事やねん」

 

 そして、僕はいつも、地球のはじまりになった後、『シンデレラ』で深夜12時に、カボチャの馬車がただのカボチャに戻るみたいに現実に戻ってくる。

「おっちゃん見とってや! オレ、出来るだけ長く、地球のはじまりでおれるように頑張るわ!」

 おっちゃんは、ちゃんと心の最深部にいる。そこに存在が刻まれている。

 オカンが、葬儀場に入って来た途端、ハロゲンヒーターが点いたみたいに、場の空気が明るくなった。普段ならそれでいいけど、葬式でその明るさは不謹慎だと思った。

 オカンとは対照的に、僕はずっと葬式に参列しているみたいなテンションで生きている。

 向こうから、親戚の女の子とオカンの会話が聞こえてくる。

「大きなったなー」

 またこの手の会話か。成長に感嘆するやり取りなんか、聞き飽きとんねん。そう思ったが、オカンの言動はそこから大きく逸れた。

「私より、胸デカいやん! ええなー、うらやましいわー」

 振り返ると、オカンは、親戚の女の子の胸を揉んでいた。裸眼でも、親戚の女の子が恥ずかしそうにしているのが分かる。

 さっきまであんなに泣いていたのに、その数分後にはあんな行動が取れる。

 イカレているのは、オレだけじゃない。行動が不謹慎なオカン。そして、脳内が不謹慎な僕。この二人以外は、全員がまともで、ちゃんとしている。

 そんな二人をおっちゃんは、今もどこかで、笑って見守ってくれているような気がした。

「結婚式とかは、ビデオカメラで録画して映像に残したりするけど、葬式はなんで残さへんねやろ?」

 心の最深部にいる、おっちゃんは答える。

「幸せな事はずっと覚えときたくて、悲しい事は、早く忘れたいねん」

 ふと窓の外を見上げたら、月がずっと無言で、今日も夜空に浮かんでいる。

 おっちゃんは死んでからも、無言で夜空に浮かぶあの月のように、僕とオカンを照らしていた。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)