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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

妊娠カレンダー――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 妊娠してから、

「マタニティライフ楽しんでね」

 とよく言われる。

 春先に妊娠が発覚し、安定期に入った夏に発表をしてから、その回数は日ごとに増えていった。

 友人は私の膨らんだお腹を見ながら、優しい眼差しで言う。

「妊娠生活、あっという間だね」

「お腹の中にいる短い時間を大切にね」

 もしかするとそれらは、妊婦に対してかける世間的な決まり文句なのかもしれない。

 飛行機に乗る時、英語ではHave a good flight と声をかける。良いフライトを、という意味だ。マタニティライフ楽しんでねというのも、きっとそんな定型文の一つなのだろう。

 でも、その言葉に対して素直にウンと頷ける妊婦は一人もいないのではないかと、私は思ってしまう。

 マタニティライフは、はっきり言って楽しくない。

 つわりは大体九週ごろから始まることが多いが、私も例に漏れずにその頃から胃液がこみ上げ始め、立っていられない程の眠気に襲われるようになった。

 その頃、襲いくるつわりと戦いながら、私は中国へと飛んだ。ちょうど香港、中国二都市でライブがあり、一週間で六度ステージに立つことになっていたのだ。

 家にいたところで体調が良くなる訳ではないし、香港や中国のファンに会えること自体はとても嬉しい。

 でも、どうしたらマタニティライフを楽しめるのかはまったく分からなかった。

 体はだるいし、胃がむかむかする。

 ライブが終わってもみんなとお酒を飲むことも出来ずに、私は一人ベッドに寝転んで妊娠にまつわる情報を検索し続けていた。

 もし今日生まれてしまったらどうなってしまうのだろう。もし子供に何かあったらどうしたらいいのだろう。

 もう何度も見たはずの記事を、繰り返し読んでしまう。情報を取込みすぎては駄目だと思いながらも、気づいたら携帯の画面を何時間もスクロールしていた。

 妊娠生活はあっという間なんかではないのだ。妊婦にとって、流産や早産の不安を抱えながら過ごす一日は、本当に長い。

 そんな時間の一体どこを楽しんだら良いというのだろう?

 私は幸せよりも遥かに不安が上回ってしまう日々を、

「やっと五十日」

「やっと百日」

 と、数えるように過ごし始めることになった。