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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 マタニティライフは大変なことも多いが、奇妙なことも多かった。

 私の場合、つわりが落ち着き始めた十五週頃、突然世界がグロテスクに見える瞬間が訪れた。

 例えば洗濯したての自分の下着や、リビングに置かれたビールの空き缶など、いつもなら気にもとめないようなものが、まるで口を開いた食虫植物のように見えてしまうのだ。

 下着についたひらひらとしたレースは虫を捕食するための葉のようになびき、ビールの飲み口が消化器官のようにぽっかりと穴を開けているように見える。

 その瞬間、出した手を引っ込める私の胸のあたりに、嫌悪感が走るのだった。

 気持ち悪い。

 どうしてそんなことが起きるのか全く分からなかったが、およそグロテスクとはかけ離れたものを見ては気持ち悪いと思ってしまう自分が、自分じゃないように思えて恐ろしかった。

 妊娠は時に私を困惑させ、驚かせ、怯えさせる。

 小川洋子さんの「妊娠カレンダー」に出てくる妊婦の一人も、自分の意思とは無関係に自分の体の中で成長していく子供に対して、戸惑いの言葉を述べていた。

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「ここで一人勝手にどんどん膨らんでいる生物が、自分の赤ん坊だってことが、どうしてもうまく理解できないの。抽象的で漠然としてて、だけど絶対的で逃げられない。朝目覚める前、深い眠りの底からゆっくり浮かび上がってくる途中に、つわりやM病院やこの大きなお腹やそんなものすべてが幻に思える瞬間があるの。その一瞬、何だ全部夢だったんだって、晴れ晴れした気分になれるの。だけどすっかり目が覚めて、自分の身体を眺めてしまうともうだめ。たまらなく憂鬱になってしまう。ああ、わたしは赤ん坊に出会うことを恐れているんだわって、自分で分るの」(「妊娠カレンダー」)

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