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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 それでも私は、私を戸惑わせるまだ見ることも触ることも出来ない生物にむかって毎日話しかけている。

 例えばライブが終わった後、何本も取材を受けた後などに、

「今日は大きい音が鳴ってたの、聞こえたかな」

「朝から忙しかったから、疲れたねえ」

 という風に。

 でもそれを母性と言ってしまうのには、少々違和感がある。

 誤解を恐れずに言えば、宗教的な感覚に似ているのかもしれないと思う。存在すると信じて声を出すことは、どこか祈りに似ているような気がするからだ。

 どうか無事でいて欲しい。どうか生きていて欲しい。

 そんな風に思いながら、まだ膨らみのないお腹に向かって私は一人で祈りを捧げていた。

 何の変化もない腹部に話しかける行為は、側から見れば奇妙に映っていたのかもしれない。

「寝てるのかな、起きてるのかな」

「居心地はどうかな」

 でも独り言のように話し続ける私の姿を見て、いつしかそこに旦那さんが参加するようになった。

 彼はテレビ番組の収録に向かう私(のお腹)に向かって、

「今日はテレビに出るんだよ」

「お腹の中でいい子にしててね」 

 と話しかけた。

 妊娠を発表できた日には、

「すごくたくさんの人がおめでとうって言ってくれたよ」

 と嬉しそうに報告していた。

 お腹が膨らんでくると、旦那さん以外にも次第にいろんな人がお腹に向かって声をかけてくれるようになった。

 ミュージックステーションに出演した時には、タモリさんが、

「よーし、スポッと生まれてきなさい!」

 と言いながら真剣な顔で安産祈願を書いてくださり、

 母と父は感慨深そうに私のお腹を眺めながら

「あともうちょっと頑張らなあかんよ。はよ出てきたらあかんからね」

 と出身地の言葉である関西弁で声をかけてくれた。

 メンバーはレコーディング中、ギターの音色を確認する度に、

「さおりちゃんのお腹の子供に、ジャズマスターのギターの音色をもう一回聴かせてやってくれ!」

 と言って、

「どう? 良い音だと思う?」

 と笑いながら話しかけてくれた。

 

 マタニティライフは楽しくない。

 体調を崩し、不安を抱えながら過ごす日々は、とてつもなく長い。この期間無しに子供が生まれてきてくれるならどんなに良いだろうと、正直なところ今でも思ってしまう。

 でも、現段階では見ることも触ることも出来ないお腹の子供に向かって誰かが声をかけてくれる時、私はとても心強い気持ちになれる。

 まるで、一緒に祈りを捧げて貰っているように。

 お腹が大きくなった今でも、本当に小さな子供が自分の中にいるとは信じられないような気分になるけれど、それでも私は声をかけ続けるだろう。

 この気持ちが届くと信じて、産声に向かって微笑むことが出来る日まで。

著者・藤崎彩織

ふたご

藤崎 彩織(SEKAI NO OWARI)(著)

文藝春秋
2017年10月28日 発売

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