ダラス湾に着いたのは1月13日午前、狩りを決断してから3日目のことだった。

 餌を減らしたうえ、一気に進んだことで犬は急速に痩せはじめていた。あばら骨が浮き出て腰回りが貧相になり、後脚から尻にかけての筋肉がごっそりなくなった。身体中をなでて確認するたびに、思わず可哀相で涙が出そうになる。ドッグフードはあと5、6日で無くなりそうな気配だったので、もし餌が切れたときには自分用の海豹の脂やベーコンなどを犬に与えるつもりでいた。

私を楽観的にした満月の光

 一方、月はあまりにも明るかった。犬に憐れみを感じるのと同時に、私には、これだけ明るければダラス湾に着くまでに絶対に獲物は手に入るはずだというなかば確信に近い期待も生まれてきた。月が消えるまでまだ1週間ほど猶予がある。1週間、ツンドラをうろつけば麝香牛の群れと遭わないはずはないし、麝香牛は的がデカいので一発ぐらい弾も当たるにちがいない。麝香牛が無理でも兎はうじゃうじゃいるはずだ。過去の明るい季節の旅行では、何度か食料が乏しくなり兎を狩りにでかけたことがあったが、その気になれば簡単に3羽でも4羽でもとれた。1日中やればそれこそ10羽ぐらいは確実で、最低1日1羽仕留めれば私と犬の1日分の食料にはなるので、兎を仕留めながら10日でも2週間でも粘り、空がある程度明るくなってから麝香牛を撃ちとめてもOKだ、などとも考えていた。満月の光が、ただでさえ病的に楽観的な私をさらに楽観的にさせ、私は現実の見えないオメデタイ人間と化していた。

満月の中、狩りに挑む ©角幡唯介

 ダラス湾の湾内は、全面的に、潮の圧力で高さ3、4メートルの巨大な氷丘がもりあがり、その隙間は軟雪でおおわれていた。前進が困難になり岸のほうに逃れていくうち、私と犬はいつの間にか定着氷のうえに乗りあがっていた。

 定着氷のうえにはうれしい光景が広がっていた。

 雪をかぶり真っ白になった海岸に、期待通り兎の通り道が縦横無尽に走っている。よく見ると定着氷のうえも兎の足跡だらけだった。よっしゃあと私はガッツポーズをとりたくなった。やはりこの地には獲物がたくさんいるのだ。早速、兎の肉でも確保するか、と思い、私は橇を残して周辺を歩きまわった。初日から兎肉3羽ゲットぉぉ! ウホっ、みたいな妄想をふくらませて、目を爛々と光らせ、しばしの間ルンルン気分でうろついた。だが、その日は兎の姿を発見することはできなかった。

 意外と見つからないなぁ、やっぱ暗いからかなぁと思ったが、このぶんだと兎などそのうち嫌でもとれそうな感じもあったので、私は本丸である麝香牛を探すため内陸をめざすことにした。定着氷を進むと湾奥にそそぐ谷の河口らしき空間があらわれた。地図をみるとその谷を上流に登ればセプテンバー湖とつながる湿地帯にでるようなので、私は陸地にのりあがり谷を遡りはじめた。谷は緩やかで雪も固く、快適な登路になっていた。1時間ほど登ると真っ平らな雪原に飛びだし、そこで幕営して翌日さらに谷を遡った。