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後藤 正治
2017/12/05

祝・永世7冠 羽生善治が若い世代に勝ち続ける思考法(前編)

時代と自分をいかにマッチングさせるか。ロングインタビュー。

source : 文藝春秋 2014年8月号

genre : エンタメ, スポーツ

――以前、谷川浩司さん(永世名人・日本将棋連盟会長)が、羽生さんは数学的なものに秀でている、と話されたことがありました。

「将棋の棋力としてまずあるのは、読みの力、計算する力ですね。たくさん読める、はやく計算ができることが、将棋の力が向上する要素です。もう一つ、幾何学的なセンスが磨かれることも要素なんですね。

 将棋にはミノ囲いとかヤグラ囲いとか、さまざまな囲いがある。実戦ではさらに入り乱れるわけですが、その際に、これは守りが弱い、こうしておけば凌げるだろうという感覚があって、そうなれば必然的に実力が向上します。

 さらに、それらを組み合わせたときにどうなるか。飛車と桂と香で攻める際に、どういう格好で組み合わせたら一番いい攻めになるか、いい形になるか。そういうところを磨いていくことも将棋力を上げることになるわけです。それがわかってくると無駄な手を考えずにすみます。

 ただ、将棋は相手がいますから、いつもいつも自分のいい形で指せるとは限らない。形が歪んでしまって、見るも無残な形のなかで指さないといけない場合もある。でも指さないわけにはいかないから、その時、勝負という観点からどういう手を選ぶのか。実戦でいえば、悪手が悪手を呼ぶというか、悪手と思われる手を指したが故に逆転の可能性が広がる場合もあるわけです。わざと混沌とさせたほうが、ということもあるので、そのへんが結構入り混じって対局しているというのが実情です」

――混沌を生み出す手は「羽生マジック」とも呼ばれていますね。

©文藝春秋

「それはどう言ったらいいのでしょうか。自分から求めるのではなく、棋士として続けていくなかで、そういうアプローチが必然的に求められてしまう局面があるのです。そういうアプローチをしないと、その局面を判断できないというような」

――『週刊現代』に米長邦雄・永世棋聖(前日本将棋連盟会長)の「名勝負今昔物語」という連載がありました。棋士が思い出に残る名局を挙げ、それに講評を加えたエッセイです。私が驚いたのは、羽生さんが谷川さんとの1戦、なんと敗局を取り上げたことです。羽生・谷川戦には幾多の名局がありますが、あえて負けた1局を選ばれた。将棋の目的は勝つことですが、同じくらい、内容の充実を重視する。羽生さんのある種の美意識のようなものも感じるのですが。

「A級順位戦でともに8勝1敗となってプレーオフとなった1戦ですね(2005年度)。この1局は、要するに詰むか詰まないか、詰め将棋の面白さがあったという意味で挙げたのですよ。詰め将棋には江戸時代から随分と凝ったものがつくられていますが、普段の実戦では作品的な終盤はまず現れない。ところがこの1局ではそういう局面になった。よく『つくったような』という表現がありますが、文字通りそれが実現している。そこに対局としてとても面白さがありました。

 もうひとつ、この対局については、残り時間が5分程度だったと思いますが、後で、詰むか詰まないかの判断を誤ったことは反省しなきゃいけないとも思ったんです。つまり、詰んでいて、それを詰ませられなくて負けたのならいい、という言い方は変ですけど、そもそも詰みのない局面だったわけで、前提の判断が誤っていたわけです。

 だからそこは、ちょっと反省するところがありました。手順として、どちらに転ぶかわからない1局でした。そういう意味で、対局としてよかった。面白い将棋だったと思います」

後編に続く