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山本 一郎
2017/12/07

日本の科学技術振興と、アレな人たちをうまく包摂してやる社会

【書評】『面白すぎる天才科学者たち 世界を変えた偉人たちの生き様』

genre : エンタメ, 読書

「家庭的か、浮気性か」「お坊ちゃん育ちか叩き上げか」

 こうライトに書くと、なんか適当な本のように感じられるかもしれませんが、さにあらず。早くから才能を発揮して頭角を現した逸材も、じっくりと知識を固めて老成した巨人も、ただ生まれ持った能力と育まれた環境とで成り立っているものではなく、人間としての心、それも弱い部分も満たされない何かも引っくるめて比類なき「業績」というものが打ち立てられているということが余すところなく解説されているのです。イギリスが生んだ偉大な科学者デーヴィ、実績は積み上げられ、科学者としての知名度も最強に強まっているにもかかわらず、製本屋に過ぎなかったファラデーをうっかり雇ったばっかりに「デーヴィの最大の功績はファラデーを見出したこと」とまで言われてしまい、かきむしられるような嫉妬に苦しむ晩年を送ったようであるとか。分かる。分かるぞその気持ち。人として、男として、共感を感じてやみませんが、著者には器が小さいとこき下ろされるという。辛い。没後200年を超えて、遠く日本の地でこんなゴシップを書き散らかされる運命にある科学者たち。どうせ文庫だからお手軽に読み物として甘く書き綴っているのだろうと思いきや、読み進めるほどにのめり込み、前かがみになり、本と眼球との距離がお母さんに怒られるぐらい近くなるような内容に仕上がっているのです。

ファラデー ©iStock.com

 というのも、著者も書いているとおりこの本のテーマは「現代日本を生きる女性からみて、過去の天才科学者はどういう人物か」という話ですから、各科学者の分類は業績の偉大さではなく「家庭的か、浮気性か」と「お坊ちゃん育ちか叩き上げか」とで構成されています。いいですね。この有無を言わせない圧倒的かつ暴力的な女性目線によるテーマセットというのは。

 もともとこの著者の内田麻理香さんは『カソウケンへようこそ』で家庭に見られる科学について語るというテーマが面白かった人で、それこそ本書で取り上げる天才科学者の一人、ファーブルが著した『身のまわりの科学 ファーブル博物記』(岩波書店)のように、ありふれた身近な家庭や暮らしの中にも取り上げるべき科学的視点ってあるよなあというネタが印象的でした。

©iStock.com

「人物全体を味わえる」というのは最高

 んで、本書のオチはファインマンです。ええ、あの天才科学者ファインマンなんですが、ファインマンは科学者としてだけでなく、科学の講義と科学的手法の伝導者としても広く知られ、日本でも『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波現代文庫)で知られる魅力的な人物です。ここで、著者がなぜこの本を著すにいたったかという驚愕の事実が明らかになり、この本全体が実はファインマンに対するリスペクトの産物であり、時代を超えたラブレターであったことに気付かされます。脇目も振らず何か目指すべきものに熱心に取り組み、研究に命を捧げて実績を上げ、歴史に名前を残した人たちの苦悩も屈折も含め、この本のように「人物全体を味わえる」というのは最高です。いまさら科学に関心を持ったところでノーベル賞なんて手は届かないけど、そういう人たちの不断の努力があってこそ現代社会があるのだと思いを馳せるだけでも良いので是非つまんでみていただけると良いなと思います。

妻とダンスするファインマン ©getty