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連載桜庭一樹のシネマ桜吹雪

桜庭 一樹
2017/12/10

『否定と肯定』――桜庭一樹のシネマ桜吹雪

作り手からの目配せ

 並外れて強いヒロインが登場すると、つい気後れしてしまう。自分とはちがいすぎる、と感じるからだ。でも、少しダメなところを見せられると(無敵のワンダーウーマンが回転ドアを通れなくて挟まったり)、途端に気が楽になるものだ。ああいうシーンって、「彼女もあなたと同じよ」という、作り手からの“目配せ”なのかなぁ?

 さて、この映画は、実話をもとにした社会派ヒューマンドラマだ。ヒロインのデボラ・E・リップシュタットは、ユダヤ系アメリカ人のホロコースト学者。親から聖人の名をつけられ、ユダヤ民族への深い愛と義務感を背負う女性だ。

 デボラはある日、英国のホロコースト否定論者を批判したところ、名誉毀損で訴えられてしまった。英国の法律では、被告(デボラ)が自らの無実を証明せねばならない。彼女は海を渡り、慣れない異国で弁護団を雇う。こうして、「ホロコーストが起こった」ことを改めて証明するという、歴史的な裁判が始まった。

©DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016

デボラは並外れて強い、まさにスーパーウーマンだ。でも、それだけに、他人に頼ったり任せたりすることが、びっくりするほどヘタなのだ。

 その不器用さが“目配せ”になり、わたしは彼女に深く感情移入できた。社会正義に関わる、あまりにも重大な裁判を、会ったばかりの弁護団に委ねなくてはならない不安と苛立ち。自分の手で戦えない屈辱感……。

 そんなデボラが、法廷弁護士ランプトン(釣りが趣味の老スコットランド紳士)に反抗しながらも、徐々に理解しあっていく様は、丁寧に作られていてドラマチックだ。だから、彼女がようやく、「子供のころから人を信用せず生きてきたけれど、あなたに良心(裁判の行方)を委ねたい」と言えたとき、その内的変化の大きさに、わたしの心もふるっと震えた。

 デボラによる同名の原作(ハーパーコリンズ・ジャパン社)も発売中。

INFORMATION

映画『否定と肯定』
12月8日よりTOHOシネマズ シャンテ他全国にて公開
http://hitei-koutei.com/

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)

デボラ・E リップシュタット(著),山本 やよい(翻訳)

ハーパーコリンズ・ ジャパン
2017年11月17日 発売

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