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櫻井よしこが106歳の母を介護して考えた「日本的家族のあり方」

2018/05/04
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106歳の母を介護して得た教訓

 私には、今年で106歳の母がいます。明治生まれの母は若い頃に多くの苦労を重ねながらも、私たち子供を育ててくれました。90歳を過ぎても元気で、兄の家族と一緒に暮らしながら、好きな日本舞踊の稽古(けいこ)に打ち込んでいました。

 ところが12年ほど前、突然くも膜下出血で倒れたのです。幸いなことに、緊急搬送された千葉県救急医療センターには脳神経外科部門に優秀な医師が多く在籍していました。難しい手術に成功し、母は一命を取り留めました。

 しかし、母は意識こそはっきりしていて言葉も出ていたものの、身体は思うようには動かせなくなってしまいました。さらにその翌年に髄膜炎を患い、言葉が出なくなってしまったのです。要介護5の認定を受け、医師からは「自宅で介護するのは難しい。施設に入れたほうがよい」と勧められました。

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 介護という現実が、私の前に突然あらわれた瞬間でした。

©杉山拓也/文藝春秋

人手不足の施設か億単位の高級施設か

 兄を中心に、病院や介護施設をいくつか見学しました。ところが、現場を見れば見るほど、暗い気持ちに陥るばかりでした。聞けば、夜間は2人のスタッフで数十人のお年寄りのお世話をするなど、常識的に考えればありえない態勢で回しているのです。それでは満足に目が行き届くわけがありません。

 また、いいなと思える施設があったとしても、そうしたところは驚くほどお金がかかります。入居金だけで数千万円、しかも10年経ったらもう一度、入居金を支払わなければならない施設もあります。加えて月々の費用は数十万円からかかる。最終的には億単位のお金が必要な世界です。たしかに、このような施設もあってよいと思います。人生は結局、自己責任ですから、余裕のある人が喜んで入れる施設もあるのがよいのです。

 でも私は覚悟を決め、母に私の自宅に来てもらうことにしました。幸い、母が倒れる1年ほど前に私は自宅をバリアフリーにしていました。玄関から室内までの段差をなくし、2階へもエレベーターをつけ、お手洗いも車椅子で入れるようにしました。実は母がまだ元気だった頃、「お母さん、もし病気になっても私がちゃんとお世話しますから大丈夫よ」と約束していたのです。そんなこともあり、自宅で母と暮らし始めました。