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長谷川 晶一
2017/12/08

「あなたを残して死ねないの」野村沙知代さんが克也氏に語っていた死生観

文春野球コラム ウィンターリーグ2017

沙知代夫人とのたった一度の邂逅……

 2017(平成29)年12月8日、野村克也夫人で「サッチー」の愛称で親しまれていた野村沙知代さんが亡くなった。辛口発言で数多くのテレビ番組に出演。96年には衆院選に出馬したものの落選。02年には脱税で有罪判決を受けたこともある。まさに、波乱万丈の85年の生涯に幕を閉じたのだった。

 僕は一度だけ、沙知代さんと会話をしたことがある。あれは、野村克也氏がヤクルト、阪神の監督を退任し、社会人野球・シダックスの監督を務めていた頃のこと。先方に指定されたホテルニューオータニで野村克也氏にインタビューをしていたときのことだった。

 突然、取材現場に「ちょっといい?」と入ってきたのが沙知代さんだった。それは、脱税事件で有罪判決が下された後のことで、当時はメディアの露出もまったくない頃だったので、久しぶりに目にする「サッチー」の姿だった。

 突然の訪問にインタビューは中断を余儀なくされることとなった。僕は内心で、(なんて傍若無人なふるまいなのだろう……)とあきれていた。しかし、「本当に緊急の用件なのよ、ごめんなさいね」と何度も何度も口にする沙知代さんの姿を見ていると、(あれ、意外と腰の低い人なのかもしれないぞ……)と彼女に対する見方が変わったのも事実だった。

 中断は3分程度だっただろうか? 沙知代さんはノムさんに何事か耳打ちをして、夫の指示を仰ぐと、「取材を中断させて、本当にごめんなさいね」と深々と頭を下げて、その部屋を後にしたのだった。よっぽどの不測の事態であることはすぐにわかった。

 時間にしてわずか数分の出来事ではあったけれども、このときのことは僕の記憶にハッキリと刻まれている。そして、彼女の訃報を知った瞬間に、真っ先にこの日のやり取りが脳裏に浮かんだのだった。最後まで、僕ら取材陣に頭を下げながら部屋を出ていく姿を見て、テレビのバラエティ番組で見る毒舌キャラとはまた違った一面を見たような気がした。

 そしてこのとき、僕はシミジミと思ったものだ。(あぁ、この人がいたからこそ、ノムさんは成功し、そしてヤクルトの黄金時代はもたらされたのだな……)、と。というのも、世の中にあふれる「ノムさん本」において、「野球以外は何もとりえのない自分をここまでコントルールしてくれたのはサッチーのおかげだ」というノムさんの言葉をしばしば目にしていたからである。

2009年、敬老の日のイベントで、楽天―オリックス戦の始球式を行った野村夫妻 (C)時事通信社

生前語っていたサッチーの死生観

 06年に出版された『野村セオリー――絆』(海竜社)という、野村克也氏と沙知代夫人の共著がある。その巻末に両者の対談が掲載されているのだが、そこにはこんなやり取りが記されている。

沙知代 あなたを残して先には逝けないわ。

克 也 最近はもう聞かないけど、前はよく「お前、どこの銀行に預けているんだ」って聞いたな。

沙知代 そればっかり気にしていたわね。紙に書いておいてくれって。

克 也 アンタに先立たれたら、どこに何があるかわからないからさ。後で困るだろ。そのときアンタは、「死んだ後にあなたがどうなるかなんて知らないわよ」って言ったんだよな。だから「俺に教えるのが腹立つなら、せめて克則にだけは教えておけ」と。それでもアンタは教えない。

沙知代 あなたはお金のことしかないの?

克 也 老後が心配じゃないか、死んだら。

沙知代 だから、あなたを残して死ねないの。

克 也 まあ、俺よりアンタが先に逝くことは絶対にない。男は、みんなそう思っている。女房のほうが長生きするって。

沙知代 どこの女房だって、そうよ。

克 也 世間一般の話をすれば、奥さんに先立たれた夫は、だいたい後を追うようにして亡くなる。なぜか、その逆はない。夫が先に逝くと、女は……。

沙知代 生き返っちゃう。

克 也 不思議だね。でも、とにかく俺は先に逝きたいね。残されたら困るから、いろんな意味で。金のありかもわからないし。

 そして、沙知代氏は最後に高らかに「自らの死について」宣言する。