それから11時間、熟睡した。

 目が覚めて寝袋の中で村にもどる道のりのことを考えると、緊張してきた。食料の残存量を考えると、もはや村への帰還を前提に考えなければならないわけだが、この暗さのなかで本当に氷床で迷わずに氷河までたどり着けるのか、そしてそこから氷河の入口が分かるのか、そもそも自分にまだ帰還する体力は残されているのか等々を考えると、急速に不安が募ってきた。空腹感は日々増しており、食事をしてもすぐに消化、吸収されて満腹感をえられない状態になっている。腹が減り、そして寒かった。

死の恐怖から逃れた理由は……

 唯一はっきりしているのは、獲物がとれないのに、こんな闇の奥地に長く留まるべきではないということだった。今日は1月18日。氷床ではブリザードに遭う可能性もあるのでアウンナットの小屋から村まで最低2週間はみておく必要がある。それに小屋で何日かは明るくなるのを待たなければならないことを考えると、許された時間はほとんどなかった。なぜこんな奥地まで入りこんでしまったのかと後悔さえわいてきた。

 ただ、不安は大きかったが、死の恐怖があったかといえばそれはほとんどなかった。

 なぜかといえば、この頃になると私はもう犬の肉を食べることを完全に視野に入れていたからだ。村にもどるには1カ月近くの物資が必要だが、手持ちの食料はそれには全然足りない。だが、ここまで獲物がとれない以上、犬が死ぬのは避けられず、死んだ犬の肉を食えば10日分の食料にはなる。食い延ばせば2週間はいけるだろう。それだけあれば村にはもどれる。絶対に犬を死なせない、旅を終らせないと固く決意してここまで来たが、現実として獲物がとれず、暗闇のなかで体力がむしり取られていくうちに、私は犬の命や自分の旅に段々無関心になっていった。そしてもはや犬の肉は完全に計算のうちに入っており、犬が将来死ぬことを想定することで私は自分の死の恐怖から逃れることができていたのだ。

役に立たない月明かりに無性に腹が立つ

 ひとまずアウンナットまで撤収する以外に選択の余地はなかった。帰る途中で大物が来るかもしれないし、海豹狩りが成功するかもしれない。まだ村まで引き返すことが決まったわけではないので、運が良ければ北に向かう旅を再開できるだろう。

 準備を終えてテントを出ると、月の明るさが一気に落ちて世界は前日よりはるかに暗くなっていた。ちょうど月の正中時刻前後だったが、かろうじて山の稜線が見える程度で、足元の雪の状態さえよく分からない。暦を見ると月齢20、正中時の高度は8度。と数字を並べても読者にはよく分からないだろうが、3日後には地平線の下に沈み、それから8日間はまたおさらば、という状態だ。月には、あの満月時の壮絶なまでに美しかった若々しい面影はもはやなく、今やただ薄暗い店内で妖しげな色気を漂わせる文壇バーのママみたいになっていた。例によって月明かりが暗いせいでルートはよく分からず、丸石河原のなかに突っこんだり、無駄に坂を登ったりして体力は徒に奪われていき、そのことに私はまたいらついた。これまでの騙す、騙されるという関係があったせいか、役に立たない月明かりなど私にとっては、ただそこにいるだけで無性に腹の立つ存在と成り果てており、月を見るたびにむしゃくしゃした。