翌日は寝袋のなかから出る気がしなかった。ヘッドランプで暗い中を動くことを考えると、反吐が出そうな気分だった。アウンナットを出てから毎日、停滞なしで遮二無二動きまわっており、身体は疲れ切っていた。どうせ獲物はとれないし、獲物がとれない以上、犬はそのうち死ぬわけで今日動く必要もない。そんな気がしてきて、1日中テントのなかでごろごろしていた。

 昼間に外に出ると、犬が、手足を伸ばして背伸びをして、ああ暇だった、早く出発しましょうよ、旦那。実際、停滞すると暇で暇でたまりませんよ、といった表情をして尻尾をふってくる。私が近くで排泄行為をはじめると、犬は隣に来て私の顔をぺろぺろと愛おしそうに舐めた。そして私が排泄を終えると即座に私の尻の右側に回りこみ、待ってましたとばかりに糞にとびつき、じつに旨そうな音をたててむしゃむしゃと貪った。

 そんな犬の仕草を見ていると、本当に何とか無事に村に連れて帰りたいものだと思い、私は涙が出そうになった。

レーズン2粒を犬に与える大きな決断

 犬はげっそりと痩せこけ、惨めな身体つきになっていた。前日よりも明らかに腰回りの肉が削げ落ちており、日一日と小さくなっていくのがよく分かった。身体つきだけではなく行動にも今まで見られなかった変化が現れており、私に物乞いのような仕草をするようになっていた。私が橇に座って行動食の袋をあけると、犬はゆっくり立ちあがり、のろのろと私の横にやってきて、いわゆるお座りの姿勢をとる。そしてカロリーメイトやチョコやナッツなどを頬張る私の様子を、力を失ったくぼんだ目でじーっと見つめるのだ。

 お願いですからその旨そうな食い物を私にも分けてくれませんか、本当に少しでいいんです、分けてください、頼みます……。

 そんな訴えをするかのように犬は私のことを凝視した。これまでそんな行動をとったことはなかったので、犬のそのような姿を見て私は狼狽えた。一瞬カロリーメイト1ブロックぐらい分けてやろうかと思ったが、思いとどまった。自分自身、肉体の消耗が激しく、村まで無事に戻れるのか不安だったからだ。逡巡した挙句、私は小さなレーズンを2粒、足元に放り投げることを決断した。それは決断と呼ぶにふさわしい英雄的行為だった。バクバクと犬は一瞬でレーズン2粒を呑みこみ、ああ旨え、という顔をした。そして、おねげえです、今のじゃ全然足りないんです、旦那……という顔でまた私のことをじーっと見つめた。

「やめろ。そんな目で見るな」

 私は言った。レーズン2粒でさえ私にとっては大きな決断だったのだ。