次の日も正直いえば動きたくなかったが、そうも言ってられなかった。今日もまたヘッデンをつけて歩かなければならないのかと思うと、私は発狂しそうだった。 

 翌日はテントを出発してしばらく定着氷の上を歩き続けた。天気がよかったので昼前後になるとまた太陽の光が滲んで空がうっすらとわずかに白んだ。太陽の存在が感じられるだけで私の精神の内側に巣食った憂鬱の靄はとり払われて気分は上向きになった。だが薄明るかった時間はわずかで、すぐにまた辺りは闇のベールに閉ざされていった。

ついに獲物が現れた!

 行く手にはもろい岩質からなる高さ数百メートルの岩壁が伽藍のようにつらなり、薄暗闇のむこうで巨大船の船首のような岬が雄々しく海にせり出しているのが見えた。岬の手前でそれまでつづいていた伽藍の岩壁は切れ、比較的大きな谷が陸地の内側に切れこんでいた。

 その谷間に差しかかったときだった。暗闇の中で2つの小さな緑色の光がゆらゆら怪しげに蠢いているのが見えた。光は定着氷の右側の端っこをゆっくりとした動きでこっちに近づいてくる。

「なんかいる……」

 2つの光が、動物の目玉がヘッデンの光に反応して輝いているものだというのは、すぐに分かった。ついに獲物が現われたのだ。狼か? と一瞬思った。だが暗いせいでヘッデンで照らしても目玉の正体は見えず、ただ小さな緑色光が闇のなかで独立して浮遊しているように見えた。動きがのろいので狐だろう。私はそう判断した。狐1匹獲ったところで犬の数日分の餌にしかならないが、それでもないよりはマシだ。私はライフルを肩から下ろし、腰を落とした。狐らしき光はこちらの様子を見つめているのか、20メートルほど先で動きをとめた。肉食動物は好奇心が旺盛で、おかしなものがあれば様子を見にくる傾向がある。もう少し近づいてきそうだ。ただでさえ狐は的が小さいのでこの距離では絶対にあたらない。私は限界まで目玉の光を引きつけることにした。

 だが、光の玉は動きを速めたと思ったら、突然どこかにパッと姿を消した。定着氷を下りて脇の海氷の中に逃げこんだのだ。あわてて定着氷の端に駆け寄りヘッデンで海を照らしたが、狐の目玉らしき緑色の光は乱氷帯のなかにまぎれ込んで薄闇のなかに消えていなくなった。

「くそー。行っちゃったよ」

 私はぼやきながら橇にもどった。犬は無表情で私の様子を見ていた。私たちはまた橇を引きはじめた。狩り目的で出発してから初めて見た動物の姿だっただけに、仕留めそこなったことが悔しくてならなかった。……ならなかったのだが、しかし驚いたことに、100メートルも進まないうちに、また左手の大きな谷間で緑色の光がゆらゆらと浮遊してくるのが見えた。

 しかも今度の光は4つだ。つまり2匹である。

 うわお、と思った。これまであんなに獲物の姿を見つけることができなかったのに、今日は突然降って湧いたかのように次から次へと光の玉が降臨してくる。2匹もいる以上、今度は絶対に逃すわけにはいかない。私は即座に橇のロープを外し、肩からライフルを下ろした。

 4つの緑の目玉は小さな霊魂のようにゆらゆらと闇のなかを漂い谷を下りてきた。そして50メートルほど離れたところでぴたりと止まった。私の様子を観察しているのだろう。さっきは必要以上に狐を引きつけようとして失敗した。これだけ距離があれば明るくても当てるのは至難の業だが、また逃げられるよりはマシである。私は膝を立ててライフルを構えた。ヘッデンの光で照星と照門をあわせてその先に緑色の光が来るようにかぶせる。無理だ、遠すぎると思ったものの、まぐれでいいから当たってくれと祈り、9割方神頼みで引き金をひいた。