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日雇い労働者から「西成のドン」へ…叩き上げの中国人不動産王(57)が夢見る“大阪中華街構想”の挫折と未来

新アジアンタウン・西成をゆく #1

2022/04/23
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 南海電鉄の新今宮駅のホームに降り立った瞬間から感じる、古いコメを煮詰めたようなすえた匂いと、汗やタバコの臭気が混じり合った独特の空気。駅から堺筋を南に歩くとほどなく見つかる「覚醒剤の売人は、西成から出ていけ!」と垂れ幕が出たビル──。大阪市の南西部に位置する西成区は、ひときわ個性的な存在感を持つ街だ。

 近年は滞在費の安さから外国人バックパッカーが多く立ち入るようになり、表通りのドヤ(日雇い労働者向けの安宿)は多言語対応とWi-Fi完備が売りの現代的なホステルに変わりつつあるが、区内のあいりん地区を中心に、いまなお日雇い労働者や生活困窮者の姿は多い。

朝9時半の西成区新今宮駅付近。カップ酒を手にする男性の姿も。2022年4月9日撮影。写真:Soichiro Koriyama

 地下鉄御堂筋線の動物園前駅から旧遊郭の飛田新地にかけては、昭和時代に栄えた古い商店街が広がる。いまや老朽化したアーケードで陽の光がさえぎられ、じめっとした薄暗い町並みが延々と続く場所だ。平成後期に入ってからは、シャッターを閉じた店舗も目立つようになっていた。

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 ところが、2010年代末から、一時は滅びかけたかに見えた商店街に奇妙な活気が戻りはじめた。1杯300~500円程度のビールや焼酎などの酒と、多少のおつまみを出し、客が1曲100円程度で歌を歌うこともできる「カラオケ居酒屋」が急増したのだ。(全2回の1回目/後編に続く

パチンコ屋「タイガース」跡地に華僑団体の事務所

 多くの店舗は、40~50代の色気のあるママが切り盛りし、他に1~数人の女性従業員を置くこともある。スナックと違って女性は客の隣に座らず、ガールズバーほどキャピキャピした雰囲気はないが、かといって「夜の街」の雰囲気は濃厚に漂う……という、独特の形態の店である。同様の業種は昔からほそぼそと存在してきたものの、最近は中国人のママと従業員を置く店が多い。

カラオケ居酒屋については、日本語の報道が出るたびに入管がガサ入れに来るらしく、ネットを検索してみると資格外労働などで複数の摘発例も見つかるが……(注:写真の店舗とは無関係)。2022年4月9日撮影。写真:Soichiro Koriyama
私たちが立ち寄ってみた店舗のひとつ。ママさんと女性従業員2人はいずれも中国東北部出身だった。2022年4月9日撮影。写真:Soichiro Koriyama

「この商店街を中心に、カラオケ居酒屋は近辺で100軒くらいはあるんじゃないか。そのうち約7割が中国系で、日本人経営は3割弱。ほかにベトナム系や韓国系の店もある」

 地元の中国系不動産業者の1人はそう話すが、実際に店舗で聞き込んでみると「カラオケ居酒屋はすでに200軒はある」「大多数が中国系」といった複数の証言もある。この手のカラオケ居酒屋が特に集中しているのが、飛田本通商店街・飛田本通南商店街・今池本通商店会の三叉路付近だ。

 数年前に倒産したパチンコ屋「タイガース」の跡地には、軽食文化で知られる福建省の沙県料理を出す店、中国系の民泊、華僑団体「大阪華商会」の事務所が入所。ほか付近には中国系の不動産屋やマッサージ店もあるほか、表札の名義にも中国人らしき名前が多く見られる。

今池本通商店会のある通り。写真のなかで看板が出ている店は「456プラザ」以外はほぼすべて中国系。コロナ禍以降に開店した店すら多い。2022年4月9日撮影。写真:Soichiro Koriyama

 店舗はいずれもB級感のあるたたずまいだが、いちどはシャッター街化した商店街が、妖しい活気を取り戻したのも確かである。カラオケ居酒屋の客層も、従来のような日雇い労働者や高齢の生活保護受給者から、区外からわざわざ飲みに来たり、隣接する飛田新地に遊びに行く途中で立ち寄ったりする30~40代の社会人男性が増えてきた。

震災、日雇い、華人ボス

 西成の商店街を変えた男が、57歳の中国人実業家、林伝龍(林傳龍:Lín Chuán lóng)だ。西成区を拠点に華人向けの不動産業と建設業その他を取り仕切る株式会社盛龍の代表取締役で、地域の華僑団体である一般社団法人「大阪華商会」の中心人物である。