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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/12/21

今さらですが、おでんにハマった理由――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 おでんに遊んでもらっています。

 まさか、こんな日が来るとは想像したこともなかった。トシなのかなと思ったりしつつ、おでんがどんどん好きになる日々です。

 ずっと、おでんが苦手だった。「嫌いな食べ物はありますか」と訊かれると、「嫌いなものがあったら言ってみたいくらいです、雑食です」と答えるのですが、「強いて言えば?」と食い下がられると、おでんを持ち出してきました。

「嫌いじゃないけど、苦手なのは家でつくるおでん」

 理由は、いろんな味が混ざって正体がぼんやりしているところ。領海侵犯の果ての集合体、みたいな味がなんとなく好きになれなかった。最近はずいぶん改善されたけれど、おでん臭の炬燵に幽閉されたみたいな冬場のコンビニ、あれも迫力があり過ぎた。じりじり後じさって幾星霜。

 ところが、この冬は前のめりです。十一月半ばあたりから、何のきっかけもないのに「おでん」の三文字がビッグバン。今日まで週に一度、おでんを作り続けている。

 おいしい。
 楽しい。
 手軽。
 便利。
 安い。
 おもしろい。
 温まる。

 いま書いて仰天したのだが、家庭料理の必要十分条件を完璧に満たしている! なんてすごいんだおでん。今さら何を、と嗤われて当然だけれど、ようやく気づけてよかった。安堵しているというのが本音です。

 それなりに試行錯誤を重ねまして、おでんのだしは昆布とかつおだし、酒、塩に落ち着いた。

 定番は、大根、厚揚げ、こんにゃく、卵、焼きちくわ、結び昆布、ごぼう天など。

 大きな鍋に面々をぴっちり敷き並べ、だしを注いでことこと静かに煮る。大阪の関東煮の老舗「たこ梅」では、丸二日間かけてこんにゃくを煮る周到ぶりだったが、まだそこまで修業が足りておりません。大根には隠し包丁、こんにゃくは下ゆで、もちろん卵はゆでるくらいで、目下足踏み中。いずれ、たこにも手を伸ばしたいと画策している。

 でも、それなりに階段は上っています。半月ほど前、贔屓の大阪「大寅」の「手ちぎり天」をデパートで見つけ、大喜びで買った。「九条ねぎ ごぼう きくらげ入り」の三種類、「化学調味料・保存料・卵白・小麦不使用」の但し書きもうれしい。私的大躍進は、牛すじ。肉屋で買ってきた牛すじをゆでこぼし、小さく切って竹串に形よく刺して製作していると、だんだんおでん屋さんの気分が出てくる。

 なにかこう、昂揚してくるのです。

 おでんにハマッた理由のひとつは、ここかなと。

 おでんはおもしろい。

 鍋に並べているとき、ゆっくり煮ているとき、家にいるのにお店屋さん気分。最高潮は、鍋からひとつずつ皿に取るとき。

「さ、何を差し上げましょう。おいしく煮えてますよどれも」

 自分で作ったのに、つい自分に誘いをかけているこの感じ、イイ! 皿に黄色い和辛子をへばりつかせると、にんまり笑いが出る。

 あっそれから! 大発見がひとつ。おでんは渋茶と絶妙の相性なんですね。不確かに混じり合ったおでんの味を、熱い渋茶がびしっと締めてくれる。出がらしの番茶なんかもう最高で、びっくり仰天です。