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連載高野秀行のヘンな食べもの

インカ帝国の“エナジードリンク”そのお味は?――高野秀行のヘンな食べもの

2017/12/19
イラスト 小幡彩貴

 インカ帝国の公式ドリンクにして、現代はアンデス庶民の酒チチャ。初めて飲んだときはあまりに酸っぱいし、アルコール分は感じないしでさんざんだったと書いた。以後、チチャは探すこともせず、そのうちアマゾンに来てしまった。

 ピルコパタという鄙びた町を朝、エドというガイドと一緒に歩いていたときである。この町にも「ケチュアの人間が住んでいる」という話になった。ケチュアの人間とはケチュア語のネイティヴ話者を意味する。ケチュア語はインカ帝国の公用語であり、今でもエクアドルからボリビアにかけてのアンデス山地の広い地域で話されている。エドはクスコの町に住む若者で、もはや第一言語はスペイン語になり、ケチュア語は耳で聞いてわかる程度だが、アイデンティティとしては「ケチュア」らしい。妙に胸を張って言うに、「ケチュア人がいるところには必ずチチャとコカがある」。

 私は首を傾げた。コカはアマゾン原産だからともかく、チチャの原材料はトウモロコシであるし、周りを見渡してもジャングルと水たまりばかりで、標高三千メートル前後の乾燥したアンデスとは似ても似つかぬ環境である。だが、市場で訊いたらあっさりチチャを売る店が見つかった。店の主は二十五年前、両親を失ってアマゾンに流れてきたというケチュアのおばさん。店の前に置かれたテーブルの上にはチチャがたっぷり入ったプラスチックの容器とコカの大袋。エドの言葉どおりの光景である。それにしても、朝の八時前から酒を売っているとは。私は喜んで一杯所望。

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