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楠木 建
2017/12/19

男のヤクザ映画、女のタカラヅカ

楠木建の「好き」と「嫌い」 好き:ヤクザ映画 嫌い:タカラヅカ

娯楽映画の王道、『仁義なき戦い』

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 僕にとっての映画はエンターテイメント、すなわち娯楽、あっさり言えば浮世の憂さ晴らしである。人生について考えさせられるシリアスな作品もたまにはイイが、何といっても単純にして明快なアクション活劇がいちばん。なかでもヤクザ映画には目がない。

 とりわけスキなのが、東映実録路線のヤクザ映画である。その原点にして頂点に位置するのが『仁義なき戦い』シリーズだ。オープニングのジャーンジャーンジャーンという出囃子に次いで「昭和21年 広島県呉市」の文字が出てくる。そこに「敗戦後すでに1年、戦争という大きな暴力こそ消え去ったが、秩序を失った国土には新しい暴力が渦巻き……」という小池朝雄のナレーションがかぶってくると、もうたまりません。何回観てもつくづく面白い。これまでに少なくとも28回は観ていると思う。

 フェルディナント・ヤマグチというコラムニストがいる。僕はこの人の趣味性たっぷりの文章が大スキで、前々からクルマ関連のコラムなど楽しく読んでいた。ヤマグチ氏は「覆面文筆家」。メディアでは一切素顔を出していない。本業は某優良企業のビジネスマンで、その傍ら文章を書いているという。

 とある会社からとある仕事の依頼をいただいたときのこと。例によって「ではとりあえず、一度お目にかかってご要望をお伺いいたしましょう……」ということになり、当該案件の責任者の方が僕の仕事場にお見えになった。鍛え上げた体にピシッとフィットするスーツをビシッと着こなしている。精悍な顔立ちにして上品な物腰。いかにも仕事ができそうな一流企業のビジネスマンである。

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 名刺をいただくと「山口」とある。珍しくない名前なのでそのときはまったく思いもよらなかったのだが、この山口氏こそがフェルディナント・ヤマグチその人だと後で分かった。007のようなスパイ映画も大好物な僕は、この手の「もうひとつの顔を持つ……」とか「その正体は……」というのがわりとスキなのだが、これを地で行く人が実在するのである。今生ではかなわなかったが、来世では僕もこういうことをしてみたい。

 で、その会社のお仕事でヤマグチさんではないほうの山口さんと一緒に広島に出張する機会があった。広島といえば『仁義なき戦い』。僕の中での広島のイメージは『仁義なき戦い』で形成されている。広島に来ると、完全に人口の半分ぐらいが「のう、わしらよ、どこで道間違えたんかのう……」とか呟きながら仁義なき戦いに奔走しているのではないかと錯覚する。

 僕と同世代の山口さんも『仁義なき戦い』が大スキだということが判明、空港で帰りの飛行機を待つ間、広島風お好み焼きを食べながら仁義なき戦いトークが始まった。こういう局面になると山口さんはやはりヤマグチさん、実に話が面白い。オープニングのナレーションの真似が飛び出して、これには爆笑、広島風お好み焼きの焼きそばの部分を吹き出した。

 その映画についての雑談がいつまでもできる。これが優れた映画の条件だと思うのだが、このときも飛行機に乗り込むまで雑談が尽きなかった。