色々な意味でドッグフードの発見は旅の局面をがらりと変えた。当然のことながらもっとも劇的に変化したのは犬の状態だった。

 翌日は停滞して身体を休めることにしたのだが、その日の朝、私がテントを出ても、犬は寝そべったまま微動だにせず、これまでならあれほど興奮していた私の排泄物に何の興味も示さなかった。その態度は、ドッグフードで腹一杯になった今、お前の排泄物にはもう糞ほどの価値もないと言わんばかりだった。糞なのに糞ほどの価値もないという逆説を提示できるほどの余裕、経済的に豊かな者だけが持つゆとり。その日を境に犬からはそうしたものがにじみ出ていた。卑屈さが消え、何日かたつと元気を取り戻し、毎晩のようにがさがさとテントの周りを動きまわり、ンーーー……という聞いたことのない不快な声を出して寝ている私をムカつかせた。

太陽はもうすぐそこに感じられた。

 風景もその日を境に大きく変わった。昼頃に前日仕掛けた兎の罠を見てまわる間、地平線にはじわじわと薄明りが広がりはじめた。

 それは久しぶりに感じる太陽のパワーだった。

ここ2、3日で空がどんどん明るくなっている ©角幡唯介

 先日、ダラス湾の内奥で、私は今回の旅で初めて太陽の存在を感じさせる、あの薄光を見たわけだが、それ以降、曇天がつづき、しかも新月前後という月が不在のサイクルに入ったため、ひたすら暗黒が続き、太陽の再来を感じる機会はほとんどなかった。しかし、この日は久しぶりに雲ひとつない快晴となった。ここ最近の暗闇で気づかなかったが、やはり天空では太陽の影響力が確実に増しており、世界は格段に明るくなっていたらしいのだ。

 地平線を眺めていると南の空がオレンジ色に燃えたち、一気に周囲を赤く染めていった。その下では太陽が天然の溶鉱炉となり猛烈なエネルギーを発散させていることが容易に想像できた。太陽はそこにあり、やがて慈愛に満ちた光で世界をあまねく照らすだろう。それはもう間違いないところであり、間違いないと私自身、確信できることだった。いよいよ現実的に漆黒の闇が剥ぎ取られ、長い夜が明ける時期がきたのだ。色が無地のキャンバスに染みこむように明るくなっていく空を眺めながら、私はそれまでの闇の放浪で固く張りつめていた精神が急に解きほぐされ、柔らかくなっていくのを感じた。

犬は「お腹がいっぱいになったのと、だいぶ明るくなってきたから元気を取り戻したのかな、と」 ©角幡唯介

 この状況の変化は翌日になると、さらにいっそう如実なものとなった。

 私と犬は英国隊デポ跡地を出発し、イヌアフィシュアク半島の基部のもっとも狭まった部分を越えて反対側の海に出た。昼前になると空は明るくなり視界は完璧に確保された。ヘッドランプの助けを借りる必要は全然なかった。空は星も見えないほど明るく、昼間に見える星は唯一、南の空の地平線の上で激しい光を放つ金星だけだった。激しい乱氷に囲まれた海岸も陽光の明るさに助けられ、私と犬は難なく乱氷の切れたスロープ状の斜面を見つけて海氷に下り立った。