アウンナットの小屋に着いたのは1月30日のことだった。

 小屋に着くまでの間に世界はさらに明るくなっていき、前日には狐の肉も手に入った。  

 狐は定着氷付近の乱氷帯の中を彷徨っているときに、向こうから黒い影が好奇心をむき出しにして接近してきたものだ。闇の中とちがって明るいので照準をあわせるのは簡単だった。30メートル付近に近づいたところであっさりと撃ちとめ、その場で解体した。狐は兎とちがって肉厚で丸みがあり、体重も6、7キロはありそうだった。ドッグフードが見つかって犬を食うという選択肢がなくなったことで、逆に足りなくなっていた自分の食料が、この狐の肉である程度補えた。それからしばらく毎日のように夜は狐の肉を食って過ごした。

捕らえた狐 ©角幡唯介

村に戻る決断。

 イヌアフィシュアクを出た時点ではまだ、もし大きな獲物がどこかで手にはいれば今からでも北に向かって旅をやり直すのもありかもしれない、などと少し考えていたが、その気持ちも極夜の消滅を目の当たりにしてから徐々に剥げていき、小屋に着く頃には完全に失せていた。極夜はもう事実上死んだ。私が探検したかった対象は消滅した。ここまで来てしまったら、大型動物を仕留めて北に向かったところで、せいぜいダラス湾の北に行けるぐらいだろうし、無駄に殺生して明るい極地をふらふらするだけで意味があるとも思えない。それに結果的にではあるが、私には極夜のかなり深いところに入りこめたという探検的な手応えもあった。小屋に着いた時点で私は村に戻ることを最終的に決断していた。

 とはいえ、そこはまだ氷点下40度の寒さにつつまれた厳冬期の北緯78度の超極北地である。しかも村に戻るには2月の内陸氷床越えという難所が待ちかまえていた。主観的には明るくなって、もう素晴らしい世界に戻ってきたぜ、ウヒヒという感覚が強く、2月の氷床とはいえ明るいんだからどうにでもなる、ぐらいのいい加減な認識しかもてなかったが、客観的に考えればそれが簡単な旅路ではないのは明らかだった。冬の氷床でブリザードが吹き荒れると行動はまず不可能、下手すれば1週間ぐらいは平気でテントに閉じこめられる可能性もあった。

小屋で太陽待ちの1週間を過ごす。

 私は緩みまくっている気持ちにボルトを締め直し、村までの帰路について考えた。前にも書いたが、村に戻るには例の往路でブリザードを二発食らったメーハン氷河を下りなければならないが、この氷河の入口は非常に分かりづらい。明るくても迷うぐらい分かりづらいので、氷河の入口には2月中旬以降の完全に明るさが取り戻された段階で着くのがベターだ。それに氷床でのブリザードに備えて、全体的な日程にも余裕をもたせる必要がある。明るいし荷物も軽くなっているので往路のときのように時間を食うことはないだろうが、それでも小屋から氷床まで4日、氷床越えに4日、氷河を下りて村まで2日はかかると考えたほうがいい。ブリザードで停滞するリスクを考えれば、さらに予備日も必要だ。そう考えると小屋から村まで最低2週間は見ておく必要があった。

アウンナットの小屋 ©角幡唯介

 私はまず小屋で1週間ほど過ごして太陽待ちをして、2月5日に2週間分の食料と燃料をもって出発するという計画を立てた。問題は食料が足りるかどうかだった。手持ちの食料を調べると、アルファ化米が1.4キロ、インスタントラーメン1キロ、行動食5キロ、ベーコン2.8キロ、脂1キロ、マッシュポテト500グラムが残っていた。これを小屋を出発してからの2週間分の食料にすることにし、太陽待ちの小屋での1週間分には前日とった狐の肉を充てる。小屋の中には、おそらく私のデポが食い荒されているのを発見したデンマーク陸軍のシリウス隊が残したと思しき乾パン500グラム、それに友人である荻田泰永君が春にカナダから歩いてきたときに残してくれたパスタやアルファ化米、また流しの下には小屋の備品と思われるオートミール等もあり、それも少々拝借して小屋での食料にした。

 おそらく1週間もいれば、兎の1羽か2羽は手に入る。これらの食料で、なるべく身体を動かさず、体力の消耗を抑えて、小屋で1週間、太陽待ちすることにした。

 太陽待ちの1週間は、何もすることがなくて暇だった。ただでさえ極夜が明けて緩みがちだった気分が、小屋の中に張ったテントで意図的に体力回復のためにごろごろしていたことで、いっそう緩んでいった。一応、毎日昼頃に兎を探しに出かけたが、以前は小屋の周りで群れを成しており、それこそ窓から狙っても獲れそうなほど兎だらけだったのに、今回は全然姿を見かけなかった。足跡が無数につき、獣道もできているが、姿は見えない。近くでは見つかりそうもないので、小屋から10分ほど歩いたところにある谷間で兎を探したが、そこにもほとんどいなかった。午後のひと時、そうやって兎を探して谷間をうろつき、午後4時頃、兎が判別できるほどの明るさがなくなると、小屋に戻ってまたごろごろした。テントでごろごろしながら小屋にあった雑誌や、1冊だけ持ちこんでいた文庫本の頁をくりかえしめくり、これまでの旅で湧き出てきた思弁の内容をノートに思いつくまま書き留めた。