文春オンライン
最新海外オンライン事情 米国トレンドから見えた「編集力」というメディアの活路

最新海外オンライン事情 米国トレンドから見えた「編集力」というメディアの活路

note

1週間に配信するのは2~3記事のみ

「狭く深いメディア」には、家庭料理を紹介する「フード52」(Food52)や調査報道を専門とする「プロパブリカ」(ProPublica)などが挙げられますが、最近の代表的な事例として「ナラティブリー」(Narratively)があります。クラウドファンディングで約800人から5万ドル以上の資金を集めて2012年にローンチされた同ウェブメディアの読者数は、数十万人。1週間に配信するのは2~3記事のみで、1テーマを深くじっくりと掘り下げて報じています。特定のテーマを扱うわけではありませんが、ヒューマンストーリーに特化した記事づくりが支持を集めている理由です。また長文記事を主軸に、写真や動画、図表を駆使して、短編ドキュメンタリーやフォトエッセイ、漫画など、それぞれのストーリーに最適な形式を用いているのも特徴だと言えます。

「ナラティブリー」の編集長であるノア・ローゼンバーグ氏は次のように話します。

「現代はニュースという名の情報が氾濫していて、読者もひたすら“消費”をするだけになってしまっている。メディア側でも過度にニュース性が求められ、ストーリーを丁寧に描くと長すぎるという理由で記事になりづらい。しかし、深く濃厚な記事を求める読者は確実に増えている。

ADVERTISEMENT

 いま記事のつくり手に求められているのは、読者の心や記憶に残る記事をつくることではないか。本来メディアとは、人が人について関心を持ち、深く知る機会をつくることで、世界がいかに多様性に満ちているかを伝えるべき存在であるはず。だからこそ我々は、従来のメディアでは拾われなかった『ふつうの人の話』をストーリーとして描き、伝えることが大事だと考えている」

「Narratively」のノア・ローゼンバーグ氏 Photo_GION

「ナラティブリー」は、読者を拡大すること以上に、既存の読者との関係性を深めるためのコンテンツを追求し、規模の拡大は重要ではないという考え方です。また既存メディアの多くは記者が各地に足を運んで取材する一方、「ナラティブリー」の場合はすでに現地にいる人に記事を書いてもらう形式をとっています。これは米国各地に3000人の寄稿者ネットワークを築いていることで実現しており、読者から書き手が生まれるケースもあるそうです。

コンテンツスタジオによる収入が全体の収益のうちの9割を占めている

 では、彼らはどのようにして収益を上げているのか。ローゼンバーグ氏によれば、中長期的には読者との関係性の深さを活かし、メディアとして一部有料化を図ることを目指しているようです。読者がお金を払ってでも読みたい記事を提供するだけではありません。具体的には、記事制作の舞台裏を知る機会を得られたり、記事にしてほしい話題をリクエストできたり、書き手と交流するイベントに招待されたりと、インセンティブを付加したメンバーシップ制度を設けるというものです。同時に、これまでに制作したコンテンツを映画など他分野に展開する知的財産権(IP)によるビジネスを強化している、とも話していました。しかし現状では、コンテンツスタジオによる収入が全体の収益のうちの9割を占めていると言います。

 コンテンツスタジオとは、主にネイティブ広告と言われるコンテンツを制作する部隊です。ネイティブ広告は、デザインや形式を一般的な編集記事と同一にする広告の記事(日本で言う編集タイアップ広告とも近い概念)を指し、「プロフェッショナルによるコンテンツ制作」を売り文句にしています。制作を担ったメディアだけでなく、SNSや広告主のオウンドメディア(自社が所有するメディア)でも記事が掲載されるような契約をするケースが多いようです。「ナラティブリー」では、アマゾンやGEといった大企業から非営利団体まで、幅広い業種業態のコンテンツ制作を手掛けています。

「Narratively」のシェアオフィス Photo_GION

 前出のキャプラン氏は「企業は消費者と直接つながることができる現在、どんなコンテンツをつくり、どのように届けるかが課題になっている。ただ多くの企業は、コンテンツをつくれる人材を有していない。それはメディアのスキルが必要とされていることを意味しており、米国のメディアの多くが、コンテンツスタジオを収益の軸にしている」と語ります。メディアとして培ってきたスキルを応用して他社のコンテンツを手掛けることから、広告収入のように読者規模に左右されることはありません。それにより、「ナラティブリー」などの比較的小さなメディアでも、安定的な収益を得ることができるのです。