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連載世界経済の革命児

「アリババ・グループ」を立ち上げた英語講師の「情熱」と「一芸」

世界経済の革命児

2017/12/26
Jack Ma(アリババ・グループ創業者) ©共同通信社

 もはや社会現象と言っていいだろう。11月11日、「独身の日」は中国の人々にとって「ネットで爆買いする日」になった。中国の電子商取引(EC)最大手アリババ・グループは「今年の独身の日の流通総額が前年比39%増の1683億元(約2兆8700億円)に達した」と発表した。この巨大市場をゼロから築き上げたのが「中国一の資産家」と呼ばれる創業者の馬雲(ジャック・マー)である。

 2009年にアリババが「独身の日」を始めた時、1日の流通総額は5000万元に過ぎず、こんな大事になるとは誰も予想しなかった。しかし「永不放棄(絶対に諦めない)」を座右の銘とするマーは粘り強くキャンペーンを続けた。米国にも感謝祭明けに「サイバーマンデー」というイベントがあるが、独身の日の流通総額は今やその5倍。間違いなく世界最大のショッピングイベントである。

 一日に絞って「大きな需要の山」を作るやり方は、本来ビジネスの常識に反する。突出したピークに合わせて設備や人員を配置すると、その日以外の稼働率が落ちて赤字になってしまうからだ。安定した巡航速度で売れた方が、はるかに効率がいい。しかし、かつて「独身の日」の効率の悪さについて聞かれたマーはこう答えた。「大丈夫、すぐにそれが巡航速度になるから」。

 米ゴールドマン・サックスによると2016年の中国のEC市場は7500億ドル(約84兆円)で世界最大。2020年には1兆7000億ドル(約190兆円)に達すると予測している。このスピードで成長が続くなら「毎日3兆円」も、あながち絵に描いた餅ではない。

 マーはシリコンバレーの起業家のような「天才」ではない。学校の成績は悪く、一度は大学進学を諦めて三輪自動車の運転手になった。一念発起して杭州師範学院に入り、杭州電子工業学院で英語講師の職に就いた。杭州市で生まれたマーは子供の頃からホテルに通い、外国人をつかまえては話しかけていた。おかげで英語だけは得意だったのだ。

 一芸がマーの人生を変える。1995年、杭州市の依頼を受け投資会社と交渉するため渡米。「Windows95」が発売され、インターネットが爆発的に普及し始めた年である。マーは帰国の日程を遅らせ、シアトルにネット関連のビジネスを立ち上げた友人を訪ねた。

 ネットに無限の可能性を感じ取ったマーは帰国するとすぐに起業資金をかき集め、妻の張瑛と中国初の商用サイト「中国イエローページ」を立ち上げた。そして1999年にはBtoB(企業間)の電子商取引サイト「アリババ」を設立した。

 その年の10月、マーは知人の紹介でソフトバンクの孫正義に会う。マーがアリババのビジネスモデルを説明すると、孫はオフィスも見ないうちに4000万ドル(約45億円)の出資を申し出た。「そんなにいらない」とマーが言い、結局ソフトバンクは2000万ドルでアリババに20%出資した。ニューヨーク証券取引所に上場しているアリババの株式時価総額は現在4800億ドル(約53兆7600億円)。20%で10兆円。孫の投資は4000倍のリターンを生んだ計算になる。

 その孫が2002年末、マーにこう警告した。「あなた方の前にeBay(イーベイ)が立ちはだかるだろう」。

 イーベイは消費者同士が自分の持っている物を売ったり買ったりするネットオークションの草分けである。孫の予言通り、イーベイは2003年に中国のEC市場に上陸した。当時のアリババとイーベイを比べれば蟻と象。しかしマーはイーベイと同じネットオークション・サイト「淘宝網(タオバオ)」を立ち上げ、巨象に正面から挑んだ。マーはタオバオの利用料と売買手数料(契約後1年半)を無料にするという大胆な作戦でイーベイから顧客を引き剥がした。イーベイは「無料はビジネスモデルではない」とタオバオの自滅を予言したが、マーの後ろには孫が付いており、軍資金も十分だった。3年間の激闘の末、タオバオはイーベイに圧勝し「中国ナンバーワン・オークションサイト」の地位を手に入れた。2004年には電子決済の「アリペイ」も立ち上げ、中国の「キャッシュレス化」を一気に推し進めている。

「持続できる情熱だけがビジネスになる」とマーは言う。インターネットへの情熱を持続した結果、英語講師はネット革命の旗手になった。