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「無努力主義」の仕事術

楠木建の「好き」と「嫌い」 好き:凝る/嫌い:頑張る 

2018/01/09

 ハゲましておめでとうございます。

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 この連載では一貫して極私的な好き嫌いの話をしている。連載の1回目でも書いたように、「良し悪し」よりも「好き嫌い」、これが僕の人生哲学である。

 そういうと、やたらと趣味的な話に聞こえるかもしれない。「仕事に好き嫌いを持ち込むな」「好き嫌いで食っていけるほど世の中は甘くない」「好きなことは趣味でやれ」――。仕事は「良し悪し」、一方の「好き嫌い」は趣味の世界で……という図式が定着している。しかし実際は逆、仕事こそ好き嫌いがものを言うというのが僕の考えだ。

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 そういうと、「ナンバーワンよりオンリーワン」とか「自分の個性を大切に」とか「自分探し」とかの「癒し系」の話、もっといえば「にんげんだもの……」というような「相田みつを系」の話に聞こえるかもしれない。しかし、これも僕の真意とはまるで逆である。

 そもそも僕は仕事についてはわりとキビしい考え方を持っている。趣味であれば100%自分を向けばよい。自分が楽しければそれでよい。しかし、仕事は趣味とは本質的に異なる。自分以外の誰か(価値の受け手、すなわちお客)のためにやるのが仕事。アウトプットがすべて。しかも、「成果」と言えるのは客が評価して受け入れるものだけだ。

 商品の製造販売でいえば、その商品がお客に必要とされ、実際に(それにかかったコスト以上の)対価を払ってもらえなければ成果にはならない。仕事に限っていえば、自己評価の必要は一切ない。すべてはお客が決める。自分で良いと思っていても、お客が評価しなければまったく無意味である。

才能はスキルを超えたところにある

 単に「食っていく」ための仕事であれば、好き嫌いはとりあえず横に置いておいた方がいいかもしれない。四の五の言わずに与えられた仕事を期日までにきちんとやる。それで仕事としては一応回っていく。しかし、これは「マイナスがない」というだけの話。「みんなができることが自分もできる」は、プロの世界ではゼロに等しい。

 ゼロから他の人にはできないようなプラスを創る。そのことにおいて「余人をもって代えがたい」とか「この人にはちょっと敵わない……」と思わせる。これを「才能」という。その道のプロが仕事において唯一絶対の拠り所とするもの、それが才能である。

 才能は特定分野のスキルを超えたところにある。あれができる、これができると言われているうちはまだ本物ではない。「データ分析に優れている」であれば、その種のスキルを持っている人を連れてくれば事足りる。つまり、「余人をもって代え」られる。

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 才能は一朝一夕には手に入らない。習得するための定型的な方法も教科書も飛び道具もない。だからといって、ごく一部の天才を別にすれば、「天賦の才」というわけでもない。あっさり言ってしまえば、「普通の人」にとって、才能は努力の賜物である。余人をもって代えがたいほどそのことに優れているのは、それに向かって絶え間なく努力を投入し、試行錯誤を重ねてきたからに他ならない。当然にして当たり前の話だ。