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特集
俳句、よんでる? 遊ぼう 5・7・5

「宰相は俳句で磨かれる!」 中曽根康弘×金子兜太 俳句レジェンド対談【後編】

句歴80年超の2人が語る「俳句と政治と人生と」

source : 文藝春秋 2009年5月号

genre : エンタメ, 読書, アート, 政治, 歴史

2018年に100歳を迎える中曽根康弘元首相、99歳を迎える俳人・金子兜太さんが2009年に『文藝春秋』で行った「俳句対談」。前編につづく後編では、サミット中に浮かんだ一句の話から、俳人政治家の思い出まで。

中曽根俳句には「繊確」の感性がある

金子 中曽根さんの俳人としての姿勢は初期から現在まで全く一貫しているように思うんです。普通は時期によってうんと繊細になったり、荒っぽくなったり自分の作る句に変化を求めがちなんですが、句集を拝見していると、旧制高校時代から現在まで「句柄」が変わっていないんですね。私は中曽根さんに一貫して流れているものを表すなら「繊確」ということだと思うんです。

金子兜太さん(1919年生まれ)

中曽根 「繊確」ですか。

金子 私の造語で恐縮です。繊細なだけの感性倒れにならずに、感じたものを確実に言葉にして押さえている。繊細かつ確実な「繊確」の感性の持ち主だと思います。

中曽根 あまり俳句の勉強もせずにきたから句柄も変わらないし、自我の強さが句にも出ているのかと思っていましたが、なるほどと思います。

金子 それにしても、最近の政治家は俳句を作らなくなりましたね。

中曽根 教養がないんです。それだけ日本の政治家の幅が狭く、底が浅くなりました。

金子 ズバリ。私に言わせれば言霊の精神がないと言うか、スケールが小さいんだ。中曽根さんの「菖蒲湯を王者のごとく浴びにけり」みたいな句を作れる政治家がいないといけませんな。

幹事長時代になにくそと「菖蒲湯を王者のごとく浴びにけり」

中曽根 いやこれは昭和50年三木内閣当時、自民党の幹事長をやっていたときの句なんです。ずいぶん野党から叩かれましたし、同僚の党員代議士からも若いくせに党内で存在感出しやがってと罵詈讒謗(ばりざんぼう)を浴びましてね。そういう中で「なにくそ」と。「何だかんだ言ったって俺は王者なんだ。見ろ、菖蒲湯を王者のように浴びているんだ!」と風呂に入りながら思ったんですね。「王者のごとく」にはそういう気構えを込めているんですよ。

中曽根康弘さん(1918年生まれ)

金子 ハハア、なるほど。ちょうど私が日銀を退職して俳句に専念しはじめたのと同時期だ。私なんかだと気が小さいからね、王者という譬えはオーバーすぎやしねえかなんて考えちゃうんですよ。それを平気で活字にできちゃうのは、いい度胸です(笑)。

中曽根 周囲に対する「コンチキショー!」という句ですから。情感のままにためらいなく(笑)。

金子 コンチキショー俳句(笑)。これくらいのスケールが今の政治家にもほしいですよ。

中曽根 昔は一端(いっぱし)の政治家には俳句のたしなみが備わっていましたね。政治のいろんなむしゃくしゃとか、有形無形の問題を句に託して残すことをよくやっていたもんです。大野伴睦さんもそうでしたし、吉田内閣で官房長官をつとめた林譲治さんもそうでした。林さんは鰌児と名乗って「生涯の詫びごと妻の古袷」という句を辞世にしていましたね。それから原敬。

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