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うつ病、自殺、介護殺人……家族も本人も不幸にならない認知症治療

親が認知症かもしれないと思ったら──高瀬義昌医師インタビュー ♯3

2017/12/29
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ずっと口をきかなかったおばあちゃんがしゃべった!

──高瀬先生は、患者さんやご家族に自分の携帯電話番号まで伝えていますよね。認知症の患者さんは夜中にパニックになることが多いと思いますが、夜中に立て続けに電話があちこちからかかってくることはないんですか?

高瀬 真夜中に電話がかかってくることはそんなにないから大丈夫。ボクも患者さんの治療を楽しんでいるしね。認知症の患者さんはいろいろなことで不安になりやすいけれど、それに巻き込まれないで、大丈夫、大丈夫とおおらかにかまえておくのが大事です。そうすると向こうの不安も自然とおさまっちゃうことが多い。いざという時に頼れる人がいる、頼れる場所があるというだけでも、不安が増幅されずに鎮まるものなんです。

──認知症の心理的なケアで「回想法」というものもあるそうですが。

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高瀬 特にアルツハイマー型認知症だと、数分前のことはきれいに忘れちゃっても、昔のことはよく覚えていることが多いでしょ。だから、家族と昔話をするのも、とても有効です。ボクなんかも患者さんのところに行くと、よく地元の話をしますよ。「お国どちらなの? ああ、あそこか。いいところですよね」って。

──そのためには、いろいろなところに行っていろいろなことを覚えておかないといけませんね(笑)。

高瀬 「この前佐賀で講演したのよ」「大豆畑が一面に広がって、いいところだねぇ」なんていうと、ずっとしゃべらなかった認知症のおばあちゃんが突然バーッて喋ったりするのよ、これが。ネタの仕込み。芸人と一緒ですね(笑)。

──もつれた記憶に1つフックがひっかかると、一気にバーッと記憶が繋がって溢れ出てくるんですね。

高瀬 そう。だからルアーフィッシングをやっているような感じですよ。浮きを自然に流しておいて、手ごたえを感じたら、一気に引き上げるのがコツです。

「徘徊させない」から「安心して徘徊できる街」へ

──認知症1000万人時代と言いながら、認知症治療の歴史はまだまだ浅いです。医師の技量によってもずいぶん効果が違うだろうと思うのですが……。

たかせクリニックに取材に伺ったところ、女優の北原佐和子さん(左)に遭遇。介護福祉士としてもう10年以上のキャリアである。©三宅史郎/文藝春秋

高瀬 認知症の標準的な治療は、「認知症疾患治療ガイドライン2010」(日本神経学会)や「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第2版)」(厚生労働科学特別研究事業の研究班)に載っています。どちらも、認知症の人に安易に薬をたくさん出すのはよくないということが明示されています。

 それに認知症治療は、チームで動いてこそうまくいくんですよ。医師だけでなく、家族、訪問看護師、ケアマネジャー、介護スタッフ……みなが有機的に連携を組むことで最大の効果をあげられるものなの。

 それと、ボクたち社会の側の発想の転換もこれから必要になっていくでしょう。たとえば、認知症患者の症状で、「徘徊」というものがあるよね。これまでは、家族が仕事に行っている間は鍵をかけて閉じ込めたり、いかに徘徊させないかということを必死になってやってきた。

 ところが、福岡の大牟田市は、「認知症患者が安心して徘徊できる街」にする取り組みを行っているんです。行政、警察、消防、福祉、そして地域住民や子どもたちも一体となって取り組んでいて、小学生も認知症の人が行方不明になったときの模擬訓練をしている。超高齢化が進んでいる地方も多いし、1人暮らしの認知症患者も増えているから、こういう取り組みはとっても大事だよね。