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特集クイズです

「美しすぎる東大王」鈴木光が初めて語った、麻布高校の男子と過ごした青春時代

クイズ界のニュースヒロイン、初めてのロングインタビュー前編

生まれて初めて喋った言葉は「ball」

――ところで、鈴木さんの枕詞になっている「スタンフォード大学が認めた才媛」。あれは一体どういう意味なんでしょうか?

鈴木 先ほどの国際サミットに行く前、高2のときなんですけど、スタンフォードの通信教育、日本の高校生向けのプログラムがあると知ったんです。どういうものかというと、起業家から弁護士、大使の仕事をしている人まで様々な方が、たとえばシリコンバレーの現在について講義するのをビデオチャットで受講できるものなんです。そのやりとりと論文が表彰されたことを、テレビ局の方がフレームアップしてくださったというか。

スタンフォード大学からの案内状

――もちろん全部英語のプログラムなんですよね?

鈴木 はい。そもそも、私は英語にコンプレックスがあるんです。だから、英語力を身につけたくて国際交流に自主的に参加したり、スタンフォードのプログラムに応募したりしたんです。

――それは意外な感じがします。鈴木さんって番組の中でも英語の発音が良くてスタジオの芸能人を驚かせていますよね。そもそも帰国子女なのかと想像していたんですが、違うんですか?

鈴木 私は自分でも覚えていないほど小さい頃に、2年間ほどインターナショナルスクールに通っていたそうなんです。なので、小学校に上がるくらいまでは英語しか喋れない感じ。母親の「母子手帳」には私が初めて喋った言葉が記録されているんですけど、なぜか「ball」だったらしいです(笑)。

 

英語力が衰えている自分を、どうにか変えたかった

――ボール? いい発音で。

鈴木 なんで「ball」なのかわかんないんですけどね。で、東京の地元の公立小学校に入学してからも、親が週に1度、英語の家庭教師をつけてくれていたんですけど、英語を話す機会も少なくなってくるし、日に日に喋れなくなって。子どもなりに、自分の中でも「英語力が衰えていっている」って感覚があって、どうにか自分で自分を変えたかったんです。

――それが鈴木さんにとっての「英語コンプレックス」だったんですね。

鈴木 はい。それで中学のときに、英語でコミュニケーションを取れるようになりたい、そのためには面接で自由に英語を話すことが課される英検1級を目標にしようと考えて、中3で合格しました。