空が宵闇に沈む中、私は狼の肉の解体をつづけた。脂を吸った鉄のナイフがよく切れた。

 狼は狐や兎とちがって大きな動物である。白熊や麝香牛ほどではないが、犬よりも一回り大きい。雌でも体重は40キロ以上あるだろう。大雑把に捌いても10キロ以上の肉と臓物はかるくとれるはずで、それだけで私と犬の1週間以上の食料になる。あまり考えられることではないが、運悪く、万が一、1週間の停滞を余儀なくされるような超ド級のブリザードが吹き荒れ、氷床で閉じこめられても、これだけ肉があれば大丈夫である。狼の死に様にはある種の高潔さがあり、撃った瞬間、私は高度な知性をもつ動物を殺してしまったことへの罪悪感をおぼえたが、それも大量の肉を前にするときれいさっぱり吹き飛んでしまった。

©角幡唯介

途絶えない、狼の鳴き声と足音に怯えて。

 その日は腹いっぱいになったためか、犬は橇をよく引いた。氷床に向かう大きな谷に入り、私たちはひたすら南にむかって歩いた。その日の深夜、谷の下流部のほうから、またしても狼たちの遠吠えが聞こえてきた。しかも1頭や2頭ではない。10頭あるいは15頭の狼たちが谷の両側にわかれて、オオーン、オオーンと哀切な声を響かせ、それが夜の暗黒にこだました。寝袋のなかで、私は、やつらは昨日射殺した雌狼の仲間なのだろうかと考えていた。正直言ってかなり不気味だった。大きな谷に入ってからも狼の足跡は途絶えず、谷全体にくまなく、大量に広がっていた。いつも見かける兎の姿は1匹も見当たらず、そのことは狼たちに棲息地を追われた可能性を示唆していた。狼たちは予想以上のスピードで数を増やし、今ではもう、この谷で大きな群れを作っているのかもしれない。単独やつがいで動く狼は人間を襲わないといわれるが、大きな群れはどうだろうか。しかも私は彼らの仲間と思われる狼を撃ち殺している。

 私は寝袋から出て、入口のライフルを確認した。弾丸は4発装填しており、安全装置は下りている。遠吠えはしばらく止まなかった。狼が来ないか心配しているうちに、うとうとしはじめ、気づくと朝を迎えていた。