不安定な天候で一気に不透明となった先行き。

 近年、私は毎年のように北極圏を歩いてきたが、こんな不安定な天気は経験したことがなかった。物事には段階というものがある。風が強まるときは次第に強まるもので、これまでに経験した嵐では、風は、私が次の行動を判断できる程度の余裕をのこしつつ、強まっていった。それに、ひとたび嵐になればだいたい1日以上継続し、それが終われば1週間以上は行動可能の日が続く、といったように常識的なサイクルというものもあった。それがこの日は全然違った。風が吹きはじめると途端に前進不能になるほど馬鹿みたいに吹き、止んだら今度は完全無風に変わる。これではいつ行動していいのか分からないではないか。

 夜になるとまた風が強まり、翌朝、目が覚めるとひどい地吹雪に変わっていた。テントがばたばたと鳴る表層的な音の奥で、地割れのような轟音が氷床全体を覆うようにとどろいている。かなり強い嵐の証拠だ。ベンチレーターから外をのぞくと、新雪が吹き飛ばされて視界を完全に遮っていた。とても動ける天気ではなかった。急に先のことが不安になった私は、食料袋に手を突っこんで残りの量を調べてみた。小屋を出たときに用意していたのは2週間分、しかし狼肉が手に入り、夕食のおかず用だったマッシュポテトを全然使っていなかったので、それを主食に回せば2月23日まで持ちそうなことが分かった。まだ10日分もある。燃料は節約すればもう少しいけそうなので、全然、焦ることはない。余裕だ、と私は意識して自分に言い聞かせたが、不安定な天候で先行きは一気に不透明になり、さすがに小屋を出たときのようなピクニック気分は吹き飛んでいた。

今日こそ太陽を拝むはずが……

 その日の晩、午後9時半頃になると風はまたぴたりと止んだ。ようやく止んだ、と私は寝袋のなかで安堵した。静かな夜となり、そのまま朝になっても風は止んだままだったので10時半過ぎに出発した。日付は2月15日、氷床の上では極夜が明ける頃である。このまま風さえ吹かなければ今日、太陽が拝めるはずである。よし、今日は太陽だ、いよいよ待ち望んだ太陽とご対面だ。と、そんなふうに私は高いテンションで歩きはじめた。

うっすらと12月当時の雪のトレースが残っている ©角幡唯介

 ところが、行動開始からわずか1時間後には、またしても風が南のほうから吹きはじめた。すぐに風速10メートル以上の強風となり、地吹雪が立ちはじめ、はるか上空まで舞い上がる雪煙で地平線がかすんだ。灰色の空気に呑みこまれていく世界を前に、私は暗然としていた。太陽が拝めるどころか、風景はあっという間に色彩を失い、雪煙の渦のなかに消え、風速20メートル近い強烈な地吹雪が吹き荒れてコンディションは最悪となった。午後4時を過ぎると太陽のパワーが落ち、吹きすさぶ地吹雪と相まって急激に視界が落ちていった。大気を舞う雪煙と地面の白い雪面が混合して、境界線が融け、完璧にホワイトアウトした。事物と事物の境目がなくなり、極夜の暗黒と同じリゾーム状の様態が復活し、世界はまるで白い極夜とも呼ぶべき状況と化した。橇は風下に押しやられ、私も犬も寒さと疲労でくたくたとなり、そのうち辺りは完全に暗くなって久しぶりのヘッデン行動となった。

ホワイトアウトで視界ゼロ。テントで停滞が決定。

 翌朝も強風は吹きつづけた。とはいえ、また風がやんで無風になる可能性もゼロではないので、一応、停滞食のオートミールを食べて準備だけは進めたが、外に出てみると風速20メートル近い暴風が吹き荒れており、雪煙で視界はゼロである。入口から粉雪が吹きこみ、テントの中もすっかり雪だらけとなった。停滞を決め、テントの中を掃除して寝袋に入りこんだのはいいが、私はこの先の天気がどうなるか不安で仕方なかった。食料と燃料は23日までなんとかなるので、まだ焦る状況ではない。それは分かっているのだが、一体どのタイミングで出発したらいいのかが分からないのだ。止んだと思ったら猛烈に吹きはじめ、吹いていたと思ったら今度は嘘みたいに突然止む。寝袋で休んでいる間も風は突然弱まり、もしかしたら行けるんじゃないかという期待が高まるが、また強風がぶり返し周囲で恐ろしい轟音がとどろきはじめた。