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連載尾木のママで

スマホ時代に『漫画 君たちはどう生きるか』が売れたワケ

尾木のママで

2017/12/27
イラスト 中村紋子

『漫画 君たちはどう生きるか』と原著の新装版が合計で百万部突破と聞いて驚き。ボクの少年時代からの愛読書がまさか八十年の時を経て今、脚光を浴びるとは。感無量よ。

 漫画版は発売当初、特に四十~六十代の男性中心に購入されていたよう。ボクのように、若い頃に自分が読んで影響を受けた層が改めて読みたいと買い求めたり、自分の子どもや孫に読ませたいと購入したことが、ブームに押し上げたようね。普遍的な内容が幅広い世代に響き、若者や中高生も挙(こぞ)って読んでいるとか。

 原著は決して易しい本ではない。漫画版だって物語の舞台は八十年前でしょ。着物に下駄姿の中学生・コペル君が、人間の存在は分子なのかもと気づき、そこから天体の運行に考えを進めたり、万有引力について何頁にもわたってインテリ風の「叔父さん」と議論を交わしたり。読み進めるには、相当根気がいるはずよ。

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 しかも、今やスマホ・ネット時代。自分の頭で考える前にスマホが答えを教えてくれるし、SNSでは友達とも即レスの会話が当たり前。漫画とはいえ、活字離れ甚だしい中高生がこの内容を読みこなせるのかなって、ボクも初めは半信半疑だった。

 でも、若い時期、特に思春期は、自分と向き合い、生き方を突き詰めて考える時期。「自分は何者か」などとじっくり考える中で、自らを相対化し、自立に向かって成長していくもの。考える時間を奪われているスマホ時代の若者にこそ、真正面からの問いかけがズシリと響くのかもね。本書がリバイバルし広がっていることに希望を感じたわ。

 原著が書かれたのは日中戦争が始まった一九三七年。世界でテロが頻発し、北朝鮮を巡る情勢も不穏な今の世相と見事に重なる。いじめや不登校、貧困は今も未解決の課題。大人も子どもも、ひとまずスマホを置いて、「どう生きるか」、一緒に考えたいわね。

スマホ時代に『漫画 君たちはどう生きるか』が売れたワケ

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