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カシオ創業者・樫尾忠雄が35年前に語った「若い従業員を伸ばす目標の立て方」

「なんで金儲けしないんだ」と言われても計算機の研究をしていた

2018/01/13

source : 諸君! 1983年7月号

genre : ビジネス, 企業, 商品, 働き方

ウチは、安かろう良かろうですよ

 麓 いまのお話にも、カシオの研究開発の秘密というものをうかがえたような気がするんですが、一般の企業では、こういうニーズがあるからそれに応えた商品を作ろうという、いわばニーズ重視型が最近とくに多いんですね。ところがおたくでは、消費者が予想もしなかった商品を開発して、逆に消費者が沸き立つ。電卓がそうでしたよね。いってみれば、つねに技術がニーズに先行している……。

 樫尾 ウチの場合、ちょっと変わってましてね、新製品開発委員会に営業も含めて全部門が出席するんです。そこで営業の意見を聞くことによって消費者のニーズはつかめるし、将来の志向もわかってくる。

 麓 異る分野の人間を何人か集めると、一人の天才を創ることが出来るといいますね。

 樫尾 46年当時、計算機が1台数万円もしたんですが、営業の若い者が言い出したんです。「もしも1万円の計算機が出来れば、いままで事務機として使われていたものが、個人として使ってもらえるだろう。そうなると、需要の裾野が飛躍的に広がるんじゃないか」と。この奇想天外な意見が、営業の願望、夢として全部門の会議に出された。1万円の計算機が実現できるかどうか、営業の人間にはわからないけど、という形で出てきたわけです。

 実際、これを実現するためには、開発、生産、技術と、あらゆる部門で今までの常識を破る創意工夫が必要でした。しかし、普通なら採用されないような意見でも、それを述べる場があった――このへんがヨソと違うところかもしれません。

 麓 「安値商法」のカシオといわれるのも、そういう点にあるんですかね。

 樫尾 よく皆さんから「安い物を出すのがカシオ」と言われるんですけど、誤解を招く言い方でね。消費者は、よりよい物を低価格でと望んでいるんですよ。これを実現するためには、並々ならぬ技術が必要なんですよ。安かろう悪かろうなら誰にでも作れる。しかしウチは、安かろう良かろうですよ。

 麓 技術の勝利というわけですね。

 樫尾 そうなんです。

1972年に発売され、爆発的に売れた「カシオミニ」 ©文藝春秋

 麓 町工場から出発したカシオのイメージとちょっと違うなと思ったのは、カシオ本社は設計会社で、部品生産とかアセンブリー(組立て)は外に頼んでいることですね。一貫生産方式は、経営方針としてとっていないんですね。

 樫尾 当初、リレー式計算機の頃、主要部品はウチで作ってたんですが、半導体が使われるようになった時点で、設計は社内で行ない、生産を半導体の専門メーカーにお願いすることにしたわけです。というのは、ウチで使うだけの分を作るよりは、専門のメーカーが量産メリットを生かして作るほうが、安くていい物が作れるんですね。ですから、半導体は日本電気さん、日立さん、東芝さんなどにウチ用の仕様の物を作ってもらう。ただその過程において、機密事項が漏れないかという問題があるわけですが、それはお互いの信頼でとのルールを作ってやっているんです。

 アセンブリーについては、やはり別会社に頼んでいるんですが、これはウチの子会社がほとんどです。管理上の問題でそのほうがいいからなんです。

 麓 自動車産業の場合は、部品を下請けにまかせて、アセンブリーは本社でやる。だから下請け方式とも達うんですね。

 樫尾 むしろ事業部制に近いと考えていただいていいですね。

 ただ私思うのは、ウチの商品を支えているのがエレクトロニクス技術だということですね。すべて半導体を使っている。ほかの業界ですと、こういうものが欲しいなと思っても、出来ない相談というケースがあるんです。ところが半導体はそれが出来る。われわれの夢を叶えてくれるんです。半導体は神様ですよ(笑)。だから、自分たちがカシオを大きくしたなんて傲慢なこと言えない。やっぱり天祐神助としか言わざるを得ないでしょう。

 麓 技術の発展の歴史の中で、半導体のようなものが発明されたというのは、何百年に1回のことかもしれませんわね。カシオはそれにぶつかっちゃった。

 樫尾 そうですね。それと、われわれが32年に仕事を始めた頃、事務の合理化がブームになり始めた。しかも選んだ仕事は計算機だった。もちろん、計算機を選んだところに一つの先見性があったといわれれば、それはそうかも知れないですけど、半導体というものにぶつかり、その半導体が予想もしないような発展を遂げていった……。何度も言いますが、ラッキーだったと言うしかないんです。