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日本で一番熱い山男の「常識を超えた挑戦」――望月将悟×田中陽希 対談 #1

TJAR絶対王者×百名山ひと筆書き

2018/01/01
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男性によるNHK 史上最多の入浴シーン!?

田中 望月さん、レース中にカメラに追われるのは気になりますか?

望月 カメラ、めちゃくちゃ嫌ですね(笑)。テレビはつらそうな場面を撮りたがるんですよ。当初、2012年にNHKの撮影隊が入ると聞いた時は嬉しいなって思っていたんです。撮影スタッフも「カメラが邪魔になったらいつでも言ってください。僕らどきますから」と言ってくれていたんですけど、5日目にゴール近くの南アルプスまで来たら、ヘトヘトになっているのにカメラがガンガン近づいてくるわけです。僕が疲労困憊で、意識が朦朧としている「絵」が欲しいんですよね。「なんだ、こういうことか!」とちょっと頭にきて(笑)。

田中 わかります(笑)。苦しんでる表情ほど「絵になる!」と考えますからね。

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望月 だから上手いことカメラをかわそうと思って、取材班が寝ているところをそーっと静かに通り抜けたりしました。後で「望月、どこいったんだ!」「探せ」と騒ぎになったり(笑)。前回2016年のレースに撮影が入った時にはもう彼らの心情が分かっていたので、自分にプラスにしようと考えるようにしました。眠気が強くなってきたら撮影スタッフと話をしたりして、味方につけましたよ。

 メディアを通してTJARが知られるようになって、いいこともあるんです。一番はたくさんの人が応援してくれるようになったこと。山の稜線上にも「応援のために登ってきたよ」という人が増えたり、コース上にある山小屋の人もすごく応援してくれたりします。変わり者を応援をしようという楽しみもあるのかな(笑)。

2016年のTJARで大会新記録で太平洋にゴールする望月さん ©藤巻 翔

田中 消防の同僚も背中を押してくれますか?

望月 ゴール手前で自分が勤務する消防署の前を通るんですが、仲間が整列して応援してくれるんです。それはとても嬉しいな。でも、2016年はTJARが終わって3日後くらいに「アルプスで遭難が入っているから行け」と言われて、ヘリで3000mの赤石岳に下ろされたこともありました。まだ体はヘトヘトですけど、もちろん断れない。そうしたら山小屋の人に「もう戻ってきたのか。今度は何をしに来たんだ?」とか言われて、「仕事です」と(笑)。

田中 僕の場合はNHKのカメラが密着しているんですが、圧倒的に期間が長いんですよ。最初の百名山挑戦の時は一ヶ月のうちに数日の撮影予定だったんです。マイナーな山はカメラを渡すから自分で撮ってきて、と。でも「ドキュメンタリーだから最初から最後まで追いましょう」と取材体制が変わりました。

望月 彼らとは話はするんでしょ?

田中 はい。でも、旅の間、誰とも話したくないときもありますし、そっとしておいてほしい時は「一人にさせてください」とはっきりいいます。それに出発前の取り決めで「一切のサポートはしません」と言われました。「取材班は荷物も預からないし、手も差し伸べない、アドバイスもしない。一緒にいるけれどいないものだと思ってください」と。カメラや彼らの存在は山にいる時にはあまり気にならないんですけれど、町に下りてくると気になる。ご飯を食べにお店に入って、美味しそうな料理が出てきても、「待って。撮るから」と毎回お預けされた犬のようです(笑)。

挑戦中に槍ヶ岳をバックに記念撮影する田中さん ©田中陽希

望月 町だと日常生活に密着されているようなものだからね。

田中 いちばん嫌なのは入浴シーンです。長い日数、山に入っていて久しぶりのお風呂だと撮りたいから、裸の僕の横に服を着たカメラマンがずっといるわけです。嫌ですよね?(笑)。各地の秘湯などで10回くらいは撮られましたよ。NHK BSの歴史上、こんなに男性の入浴シーンが登場する番組はないといわれています。

望月 陽希君の裸は画面を通してみても、いやらしさとか違和感がないんじゃない? それに取材陣も慣れてくるだろうし。

田中 それはあるかもしれません。カメラマンは4~5人で交代するけど、1ヶ月以上一緒にいますし、ディレクターは全山一緒に登っていますから。以前はカメラを向けられると笑っていたんですけど、あるスチールカメラマンに女性アスリートは笑っていいけど、男性はダメといわれたことがあり、それから笑わないようにしています。男性の笑顔は「絵にならない」「必死さを撮りたい」と。

望月 僕も知り合いのカメラマンがいると意識しちゃいますね。TJARでもカッコよく撮って欲しいのに、ついピースとかしちゃうんです(笑)。山の中をずっと歩いてきて人に出会うと、嬉しくなっちゃうんだよね。

#2に続く)

望月将悟  Shogo Mochizuki

©藤巻 翔

1977年、静岡県葵区井川生まれ。静岡市消防局に勤務し、山岳救助隊としても活動する。日本海側の富山県魚津市から日本アルプスを縦断して、太平洋側の静岡市までをテント泊で8日以内に走り抜けるレース「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」で4連覇。2016年は自ら自己ベストを上回り4日23時間52分でゴールした。2015年東京マラソンでは、40ポンド(18.1kg)の荷物を背負って、3時間06分16秒というギネス記録でフルマラソンをゴール。
 

田中陽希  Yoki Tanaka

©藤巻 翔

1983年埼玉県生まれ、北海道育ち。学生時代はクロスカントリースキー競技に取り組み、「全日本学生スキー選手権」などで入賞。2007年よりアドベンチャーレースチーム「イーストウインド」に所属し、世界のレースに参戦する。2014年、自ら企画した挑戦「日本百名山ひと筆書き」がNHK BSで放映され注目を集める。その後、「日本二百名山ひと筆書き」も達成。2018年は「日本三百名山全山ひと筆書き」に挑戦する。詳しくは「グレートトラバース3」のサイトで。

日本で一番熱い山男の「常識を超えた挑戦」――望月将悟×田中陽希 対談 #1

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