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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

ぼくは勉強ができない――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

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「ぼくは、昨日のテレビ番組を思い出した。子供を殺すなんて鬼だ、とある出演者は言った。でも、そう言い切れるのか。彼女は子供を殺した。それは事実だ。けれど、その行為が鬼のようだ、というのは第三者が付けたばつ印の見解だ。もしかしたら、他人には計り知れない色々な要素が絡み合って、そのような結果になったのかもしれない。母親は刑務所で自分の罪を悔いているかもしれない。しかし、ようやく心の平穏を得て、安らいで罰を待ち受けているかもしれない。明らかになっているのは、子供を殺したということだけで、そこに付随するあらゆるものは、何ひとつ明白ではないのだ。ぼくたちは、感想を述べることは出来る。けれど、それ以外のことに関しては権利を持たないのだ。」(山田詠美『ぼくは勉強ができない』より)

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 私は本棚から山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』を手に取った。

 読みたい本を定期的に購入しては並べているので、私の本棚は小さな図書館のようになっている。

 新刊から古い名作まで様々なジャンルが並ぶ中で、今日はこの本にしようと決めて、椅子に腰をかけた。

 本を読んでいると、時間が澄んでいく。ゆっくりとページをめくる音は落ち葉がかさりと風に舞う音のようだし、電気ストーブの音は遠くで流れる水音のように聞こえてくる。私は小さな図書館の中で、澄んだ空気の中で、自然に主人公の秀美君に惹かれていった。

 そして冒頭の秀美君の言葉は、私に三年前の出来事を静かに思い起こさせた。

 

 三年前。目が覚めると、私はニュースになっていた。

 私たちのバンドSEKAI NO OWARIが国立競技場でのイベントに出演した時のことだった。
 ツイッターを開いてみると色んな声が寄せられており、大丈夫ですか? と心配する声から、調子に乗るな、という叱責まで、様々な意見で埋め尽くされていた。

 一体何が起きているのだろう……?

 私は恐るおそるニュースを読み進めていった。そして、徐々に血の気が引いていくのを感じた。

「セカオワSaoriも激怒!? ライブを座って見るのはアリ? ナシ?」

 ニュースのタイトルにはそう書かれていた。