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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #14 Pink(前篇)「バイト先のバーにやってきた、ピンク」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「ドラッグは一通り全部やったんやけど、あのドラッグはホンマにヤバかったわ」

 ピンクが言った。

 ピンクは、僕がバーテンをやってる難波のバーに唯一やってくる常連だった。

 彼の髪は全体がピンク色だけど、近くで見るとちらほらと金髪が混じっている。

「なんてドラッグやったか名前は忘れたけど、そのドラッグやったらな、めっちゃ動きがスローになるねん」

「スローってどんくらい?」

「例えば右に向こうと思うやろ? ほんで右に向こうとするねんけど、向くのに最低10分はかかるねん」

「そんなに? じゃあ、小便したなったら終わりやん?」

「せやで。立ち上がろうとしてもアホほど時間かかりよる。アレはヤバかったわ」

 ピンクはいつもどこか危なっかしかった。2人で街を歩く時は、盲目の老人の手を引っ張って歩いているような感じがする。

「そのドラッグ買う時とかもさ、ホンマに映画みたいやったで? 事前に服装伝えたら、人がめっちゃおる街中に呼び出されるねんやん? ほんで道ですれ違いざまに、こっそり手渡されるねん」

 ピンクはいつも車で和歌山から難波にやって来る。

「俺、この難波の街が好きやねん。ディズニーランドとかUSJとか、そういうテーマパークあるやん? 難波に来るのはな、そこに行く時の感覚やねん。オモロい奴いっぱいおるやろ?」

「まあな」

 遠くの方でホームレスが『ビッグイシュー』を売っているのが見えた。

「でも、オレは、この街あんま好きちゃうわ」

 僕は言った。

「なんで?」

「なんか、街全体がユニットバスみたいな感じがするねん。至るとこに大量の汚いトイレが備え付けられとるみたいな感じやわ。どう言うたらええか分からんけど、何か汚い感じせえへん?」

 難波にあるホストクラブには、それぞれの縄張りが存在する。

「あの橋がハッチの縄張りで、あっちの通りが、ウルトラの縄張り。ほんでここは、メリーゴーランドの縄張りやねん」

「めっちゃ詳しいのう」

「体験入店で全部行ったったからのう。マジでもう行くとこ無くなったもん」

「だから、バーテンになったん?」

「せやで。だけどこの店ももう潰れるかもな」

「なんで?」

「今日も客、お前しか来てへん」

 僕とピンクは、このバーで出会った。ピンクには、借金が600万円あった。その借金をどこで作ったか聞いたら、初めて聞く単語が返って来た。

「裏カジノ?」

 僕の頭の中にはラスベガスが広がった。

「そんなんちゃうで? オフィスみたいな部屋に、パソコンが何台か置いてあるだけやねん」

「それのどこがカジノなん?」

「そこでネット使って、金賭けてゲームするねん。最初は100万勝ってな、あっこにあるスイスホテルのスイートにずっと泊まっとってん」

 飲まずに放置していたバーカウンターのビールは、上の泡が全部消えている。

「あそこのルームサービスでハンバーガー頼むやろ? なんぼすると思う?」

「ハンバーガーって、マクドやったら100円くらいやろ? じゃあ、千円くらい?」

「5千円やで?」

「マジかよ?」

「それ毎日食うとったからな」

「美味いん?」

「世界一やな。あまりにも美味すぎて、逆にマズイってレベルや」

 僕は23歳になり、オカンが僕を産んだ年齢を超えた。オカンが母になった時、こんなにも若かったんだと知ってからは、親の事を少しだけ偉大だと思った。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)