翌18日はさらに重要な勝負どころだった。今日中に氷河の入口に近づかなければ、限りなくまずい事態になる。

 ここから先で私は、過去に何度も氷床を往復するうちに発見したオリジナルな地形上の目印を3カ所ほど持っていた。GPSが無いため、この3カ所の目印を確実に確認して、そのたびごとに位置を決定できなければ氷河の入口にたどり着くことは難しい。そのため、できれば今日だけは何としても風や靄で視界が得られないという状況になってほしくなかった。

 その願いが通じたのか、テントを出ると上空には気持ちのいい青空が広がっていた。

「おおおおおおっ」

 私は腹の底から雄叫びをあげて、この日の天気を寿いだ。これで地形上の目印は確認できるし、うまくいけば太陽を見られるかもしれないのだ。

呪われた旅を象徴するかのような天気の変化。

 下り斜面を進むうちに、残念ながら南の空に立ちこめていた不穏な感じのする、厚い、グレーな雲が一気に上空全体を覆いつくしていった。期待していた太陽との対面がまたしても延期になったが、風は無く、地吹雪による視界不良という最悪の事態だけは免れていたので何も考えずひたすら前に進んだ。

 まもなく右手の彼方に小さな山々の影が見えてきた。雲にかすんで見にくいが、一様に真っ白な氷床の雪原の向こうに、たしかに不連続に起伏をなす山々の姿が望まれる。この山々こそ氷河へ向かう第一の目印だった。その場に立ち止まり、山の見える角度をコンパスで測り、地図の上でその方角と自分の進行方向の交点を求めた。現在位置を割り出し、概ね推測通りの位置にいることが分かり、私の心は少し落ち着いた。このまま行けば今日中にはいいところまで行けるかもしれない。

 さらに前進をつづけた。次の目印はメーハン氷河の手前にある、より大きな氷河の源頭部の横断だ。この大きな氷河の源頭の対岸にはのっぺりと突きだした小さな丘があり、その丘を左側から回りこむように登っていくのが私のなかでの正しいルートだった。この丘こそ、3つのうちで一番私が重視している目印で、ここが分かりさえすればかなりの確率でメーハン氷河の入口にたどり着ける自信があった。

雲の切れ目の下に、氷河入り口の目印と思われる丘がうっすら浮かび上がっている ©角幡唯介

 空は相変わらず曇天模様で不吉な感じの天候がつづいた。前方のはるか彼方には丘のようなかたちの雲が地平線のすぐ上にたなびいており、その雲の低いところを目標に私は進んでいた。上空の雲はさらに厚くなり、視界は徐々に悪化していった。メーハン氷河を特定するための最大のポイント、言い換えれば村へ帰還する最大のポイントが目前なのに、なぜこのタイミングで視界が悪くなっていくのか……。私は、今回の呪われた旅を象徴するかのような天気の変化を恨みながら、行進をつづけた。しかし、そのうちずっと雲だと思いこんで目標にしていた丘みたいな雲が、じつは雲ではなく、徐々に本物の丘らしく見えてきた。もしかしてあの丘は例の大きな氷河の対岸にある丘ではないだろうか。やがて急に地形が変化し、下り傾斜が一気に強まっていった。前方には目指していた雲みたいな丘があり、足元は巨大な窪地にむかって落ち込んでいた。まちがいなかった。大きな氷河の源頭だ。最も重要な第二の目印に到着したのだ。