風は夕方にすこし止んだが、深夜からごろごろごろという低く、くぐもった重低音が響き渡り、氷床ではふたたび凄まじい大風が吹きはじめた。風はすぐに、前日夕方の呼吸できなかったときに匹敵する猛烈な強さに達し、このままだと吹き飛ばされるという恐怖感を感じないのが不可能なほどの威圧感を、私に与えた。

 風は、生き残った極夜は、私のテントに全力でぶち当たってきた。最後の攻防戦が始まると私は予感した。ヘッドランプをつけると、昼間につくった防風壁によりかろうじて爆風の直撃は免れ、風の奔流はうまいことテントの上部をかすめているようだった。だが、この強さがつづけば、いい加減な作りのあの防風壁が一晩もつとは思えなかった。この爆風の中でテントが壊れずに無傷で立っていること自体が信じがたかった。太陽を見たいという願望や、太陽が見られるんじゃないかという希望も打ち砕かれ、ただ風が怖くて仕方がなかった。

 幸運なことにこの暴虐的な風はまもなくして落ち着いた。といってもまだ風速15~20メートルレベルの普通のブリザードぐらいの風はあったが、先ほどの殺人的な風に比べたら恐怖を感じるほどではなくなった。その後も風は弱まっていき、空間の奥底からとどろく氷床全体を揺るがすような轟音も消え、ただテントをゆさぶるだけの表面的な強風にかわった。

太陽を見ることはほとんど諦めるしかなかった。

 午前4時半ごろ、風は唐突にぱたりと止んだ。あたりは、先ほどまで阿鼻叫喚の混乱に支配されていたのが嘘みたいな静寂につつまれ、シーンとした。

 犬がぶるぶると身体を震わせ、みしみしと雪面を踏みしめて歩く音が聞こえた。それぐらい静寂、無音となった。風の恐怖から解放されて、私は気づかないうちに眠りに陥っていた。

 目が覚めるとまた風が吹きはじめており、地吹雪がざーざーとやかましい音を立ててテントをばさばさと揺さぶっていた。もういい加減にしろという気分だったが、しかし音を聞く限りでは行動できないような風ではないように思えた。時計を見ると午前10時、予報でも午後から天気が安定すると言っていたので、準備を終えた頃にはちょうどやむかもしれない。出発を前提に私は寝袋を脱いでコンロに火をつけた。

 ベンチレーターから外をのぞくと地吹雪で白い雪煙がまき立ち、視界は決して良くなかった。暴風時特有の空間の奥からとどろくような轟音は聞こえてこないが、風はテントを揺らしており、そこそこの強さであることはうかがえた。しかし、何しろここ数日は尋常じゃない暴風に晒されてきたので、ちょっとやそっとの強風ではそよ風のように思えてしまう。ただ、これでは出発しても視界が悪くて太陽は見られないかもしれない。私は少し落胆したが、しかしこのときの私は、もうほとんど太陽を見ることを諦めていた。