すっかり忘れていた太陽の温かみ。

 ところが、朝食のラーメンを作っている最中、外の状態に突然の変化がみられた。それまで地吹雪で白い闇に閉ざされて薄暗かったのが、急に明るくなり、テントの黄色い生地に薄い光が当たりはじめたのだ。もしかしたら太陽が出ているんじゃないだろうか。唐突な変化に私は戸惑い、高揚した。明るさはじわじわ強まっていき、まるで世界が全体的に黄金色に染まっていくような感じになり、それに伴い、気のせいか優しい温もりのようなものまで感じられた。その温もりはコンロの火とは明らかに性質の異なる熱のあり様をしており、大気がまるごと柔らかいオブラートでつつみこまれたような温かみだった。もうそんな温かみがあることを、私はすっかり忘れていた。

 私は興奮気味に準備をすすめた。たぶん太陽が出ている、太陽が出ているぞ、と思った。最初の太陽の光は絶対に全身で浴びたかったので、あえてベンチレーターから様子を見ることはしなかった。急いで朝食を掻きこみ、防風服を着て、ゴアテックスのパンツを穿き、靴下を替え毛皮靴をはいた。その間にもテントのまわりはますます明るくなり、眩しい光につつまれていった。コンロの火を消し、荷物をまとめ、あ、そうだ、亀川さんから最初の太陽は絶対に撮影してくれと言われていたんだと思い出し、コンパクトカメラの電源も入れた。そして入口の吹き流しをあけて外に出た。

 その瞬間、強烈な眩さに私は顏をしかめた。

 テントの前で巨大な太陽が赤々と燃えていた。地面では地吹雪が吹き抜け、白くかすんだ大地の向こうに太陽が昇っていた。

©角幡唯介

 その太陽は巨大に丸かった。唖然とするほど巨大だった。こんな大きな太陽は今まで見たことがなかった。フレアする巨大な火の玉だった。そう、私にはそれはごうごうと燃えさかる火の玉に見えたのだ。大きくて、温かくて、圧倒的で、信じられないほど美しい太陽が、火の玉となって、核融合してエネルギーを爆発させて、真正面から金色の光を私に注いでいた。

「わあ……すげえ……。太陽だぁ……」

 私は子供のような、呆けた声を漏らした。光が私を照らし、私はそれを温かいと思った。すごい、でかい、あったかい。状態を示す、これら幼児語レベルの3つのシンプルな形容詞以外、この太陽に対してはいかなる言葉も無効だった。太陽は太陽として、あるがままの姿でそこにあった。

 亀川さんとの約束があったので、私はカメラを回して自分の気持ちを説明しようとしたが、目の前の太陽がもたらす太陽的必然の帰結として、私は途中で言葉を失った。