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東北に本当の優しさを教えてくれた男――追悼・星野仙一

文春野球コラム クライマックスシリーズ2017

 1月6日の朝6時頃だったか、

「ちょっと、星野さんが……」

 嫁さんが僕に向けたスマホの画面には、星野仙一氏訃報のニュースが流れていた。

「えっ」

 その瞬間の事はあまり覚えていないが、ふと30年くらい前にオカンに怒られた記憶が脳裏に浮かんだ。

強さの中にある優しい声

 闘将と呼ばれたその漢が東北に来る事が決まったのは2010年の秋の事。「東北を熱くする」シンプルな言葉だが、心に響いた。2009年に野村監督がチームを二位まで押し上げ、後一歩の所でブラウン監督にバトンタッチした。2010年の開幕戦は京セラドームでのオリックス戦。金子と岩隈の投げ合いは1対0で迎えた9回の攻撃、代打草野が出塁し、ノーアウト一塁でバッターは聖沢。次のバッターはその日唯一複数安打の渡辺直人で、その次は前年に首位打者を獲得した鉄平へと続くので、もちろん送ると思いきや、まさかの強行策でダブルプレー。三塁側内野席でそれはそれは深いため息をついたのをよく覚えている。

 チームは結局完封負け。去年まで積み重ねてきた野球はどこにいったのか、シーズンも結局最下位に沈んでしまった。また振り出しに戻ったチームをどう再生していけばいいのだろう。そんな時に現れた救世主が星野仙一監督だった。

 しかし、就任して間もなく、チームどころか日本にとって過去最大級の困難が東北を襲った。3月11日に起こった東日本大震災である。

 星野楽天は被災地を訪問し皆を元気づけてくれた。「子供達、負けるなよ。しっかり頑張ろうな!」。文字にすると無責任なセリフに見えてしまいがちだが、あの星野監督の声の説得力はなんなのだろうか。

 そしてその答えがわかる時がとうとうやってくる。2013年シーズン開幕前に選手を集めて語りかけた。

「本当の優しさとは強さというものを持たないとダメだ」

 そう言って始まったシーズン、チームは快進撃を続け、初のリーグ優勝、そして日本シリーズでは星野さんにとっての生涯のライバル、ジャイアンツを相手に日本一を成し遂げてしまう。

2013年、66歳でリーグ優勝と日本一を達成した ©時事通信社

 97年に奥様がパパの胴上げを見たかったねと言って旅立たれた時も、2年後に夢を叶えた。頭を下げて「助けてくれ」と言われれば助けるのが名古屋の男だと、阪神に衝撃的な移籍をしたときも2年後に。そして、2013年もほんの少しでも被災者の皆さんを癒やす事ができたらと。

 いつの時も自分ではなく誰かのためにが原動力(まさにDパワー)で実現してきたからこそ、あの強さの中にある優しい声にこそ圧倒的な説得力があったのだろう。

「監督が目立つ球団なんてロクなチームじゃない」とよくジャイアンツを比喩して語っていたが、自分自身もどうしても目立ってしまう。ただ2013年の日本一監督インタビューで「選手達を褒めてやって下さい!」「拍手してやって下さい!」と連呼していたのが本当の星野仙一なのではないかと思っている。