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女優・のん「あまちゃん」からの4年半(後編)

国民的ヒロインの葛藤と成長を追った

2018/01/21

(「女優・のん『あまちゃん』からの4年半/前編」から続く)

大自然の中の少女時代

 のんへのインタビューを繰り返していくと、彼女の大自然への愛着がどんなに大きなものか伝わってくる。都会で暮らし、スタジオの照明を浴びることが日常ののんに、私が日なたや土や草や風の匂いを感じるのは、単に北三陸の海女と彼女を重ね合わせているからではない。

 事実、のんは大自然の中で育った少女時代の話を幾度も披露し、自分の原点ですと語っている。

「家の前が田んぼだったんです。畦道から田んぼのオタマジャクシを捕って、水槽で飼っていました。家から少し行くと山もあって、そこにはカブトムシがぶんぶん飛んでいました。昆虫もへっちゃらで、オモチャなんかより自然の中で遊ぶほうが好きだったんです。実家は駅の近くなんですが、走っている汽車も単線で、人々はゆっくり歩いている。長閑なんてもんじゃないですよ」

 あ、といってのんが付け加えたエピソードがすさまじい。

「私の通っていた小学校のそばにでっかい山があって、そこで鉱石が採掘されるんですが、山をダイナマイトでドッカーン、ドッカーンって、爆破して砕くんです。小学校で授業しながら、山からのドッカーンっていう物凄い音を聞いていました。田舎は長閑だけど、やるときにはやります。ワイルドです」

©iStock.com

 のんが生まれ育ったのは、兵庫県の神河町。県のほぼ中央に位置するこの町は面積の8割を山林が占めている。町中から車で40分ほどの峰山・砥峰(とのみね)高原は関西地方でも有数の高原地帯で、砥峰高原のススキは約90ヘクタールに及ぶ広さを誇り観光客を迎え入れる。

 のんは、私に言った。

「ぜひ、私をこんなふうに育てたあの自然を体感してください」

 のんの原風景を訪ねるため、兵庫県に向かった。東海道新幹線の姫路駅で降り、レンタカーで1時間ほど行くと、神河町の町役場がある。

 役場の方の案内で神河町を歩く。のんが語ったとおりの豊かな自然と長閑な空間と親切な町の人たちが、私を出迎えた。

 能年家の長女として生まれた女の子に玲奈と名付けたのは、当時21歳の母だ。父はひとつ年下の20歳。若い夫婦は質素な生活を送りながら、玲奈と年子で生まれた妹を懸命に育てた。

 実家を訪ねると、のんの母は私に子供の頃の写真を見せながら当時のことを明かしてくれた。

「隣には姉の一家が住んでいて、私の娘2人と、従姉妹の男女の子供2人と、いつも一緒にいたんです。ひとつの大きな家族のように暮らしていました」

 若い母親たちの楽しみは、安くて可愛い洋服を買っては子供たちに着せ、ポーズを取らせて写真を撮ることだった。のんの母はこう話す。

「中でも玲奈は特別でした。幼い頃から洋服を自分で選び、コーディネートをするんです。そして、誰も教えたわけではないのに、モデルのポージングをしてみせます。ウインクをしたり、足を交差したり、ピースサインをしたり、腕を腰に当てたりして、写真に収まるんです。玲奈は小学校に入る前からモデルさんになりたい、と言っていましたね」

 母に似た二重の大きな瞳を持った少女は、洋服とカメラ撮影、そして人に見られることが大好きだった。

 将来の夢はおのずと決まっていた。のんの母も当然、知っていた。

「小学2、3年生になると、毎月ファッション雑誌『ニコラ』を買っていました。すでに大活躍していた新垣結衣さんに憧れて『ニコラ』でモデルになることを真剣に考えていましたね」