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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #15 Red(前篇)「『東京に行くわ』僕はオカンに言った」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

 この街で一番優しい場所は、トイレの中なのかもしれない。トイレの水が流れる音。人間の中にもずっと血液が流れているのに、その音は聞こえてこない。

「大丈夫? ずっとトイレにこもってたよね?」

 東京の人の喋り方。こんな喋り方の人、実在すんねや。

 客から注文されたドリンクを入れる。カルピスは今日も、精液のような色をしている。

 バイト先のカラオケ屋では、昨日、きゃりーぱみゅぱみゅの等身大パネルが盗まれた話で持ちきりだった。その話をこの質問で両断する。

「大学ってどんな感じ?」

 バイト先の大学生が脱色した髪の毛の色は、人間の骨の色に近い。

「別に普通だよ」

 バックヤードで、客が残したカクテルをこっそり飲んだ。空腹の中を一気に落下していくアルコール。胃の底にぶつかって、投身自殺した人が地面にぶつかって飛び散る血しぶきのように跳ねる。グラスの底に残った氷が、底に必死でへばりついている。

 こんなにも寂しい街は、初めてだ。僕の育った街とは何もかも違う。皆がオシャレして、ダサい人間は消えろって、脅迫されているみたい。

 暗闇の中で手を伸ばす。何かに指先がぶつかるまで。ひたすら、暗闇の中から手を伸ばす。目に映るもの。そのどれもが手に入らないものだらけ。

 手を伸ばすといつだって、ガラスのショーケースにぶつかった。そこに付いた指紋。僕がここに生きていた証拠が小さく残った。

 そのガラスケースの中のマネキンが見ている視線の先では、いつも車が渋滞していた。

 子どもの頃に遊んだ人生ゲームの駒は車だった。家族が増えて行くと、そこにピンを刺していく。なんで車なんやろ? まるで、車を所有できない家の人間は家族じゃないって言われているみたいな感じがした。