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港区芝で100年ぶりに再興された蔵――4階建てビルのユニークな酒造り

50年後のずばり東京――首都は案外、酒どころでもあった(後編)

2018/01/26

「蔵見学」発祥の地から、港区に立つビルの谷間の蔵まで――。
 方々の酒場を呑み歩く加藤ジャンプ氏が、東京という“地元”で勝負する酒蔵を訪れます。首都は案外、酒どころ?

「東京の地酒」が活路を見出した「観光蔵」というコンセプトの続きです。

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福生まぼろしの酒

 ここまで3つの蔵元を見てきたが、一度ここで日本酒全体の現状について眺めておきたい。

 近年、日本酒は和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたこともあり、世界的に注目“は”集めている。あえて“は”としたのは、注目されているものの、消費量はひたすら減り続けているからである。

 確かに輸出量は、年々増えている。2016年には輸出額が前年比10パーセント増の155億円にのぼった。しかし、たとえばフランスワインの輸出額はその100倍とも言われており、それに比べれば日本酒の輸出額など、まるきり迫力に欠ける数字である。そして、国内での消費量は70年代半ばをピークに下がる一方である。2000年には焼酎の消費量が日本酒を上回った。正直なところ、日本酒を取り巻く状況は、かなり煮詰まっているのである。

 だからこそ、なのだろう。意識的に“地元ファースト”な酒造りをつづける酒蔵が東京にもある。

天皇も見学に訪れた(田村酒造場) 撮影/筆者

 JR青梅線の福生駅で、横田基地とは逆側に出る。メインストリートには居酒屋や焼き鳥屋などが何軒か立ち並ぶが、大概の店には、

「まぼろしの酒 嘉泉」

 と染め抜かれた幕が飾られている。藍染で格好いい幕なのだが、酒蔵を目指す道すがら、この幕をたくさん見かけるので、徐々に“まぼろしの酒”という感じは薄れていく。「嘉泉って有名だよね」と思い始める頃、「うわあ」と声をあげてしまうほどの立派な屋敷が現れた。それが、まぼろしの酒を造っている田村酒造場である。レンガ造りの煙突に立派な屋敷。これぞ名士、という感じがする。

「酒蔵は、もとは庄屋さんなり、その土地の地主さんなりが多い。そういう意味でも酒蔵は、まず地域に愛されないといけません」

 と田村酒造場の蔵元・田村半十郎さんは言う。この酒蔵は、まさに地域の顔役といった雰囲気が漂う。実際、嘉泉が消費されるのは多摩地域が多いそうだ。とはいえ、ここもやはり「東京の酒」であることは意識しており、これを商機と見ている。

「世界の人から見れば、東京は何より日本を代表する場所なんです。ミシュランにのっているレストランがたくさんあって、ファッションやアニメのようなサブカルチャーの中心地である。世界の一流のものが集まる街が東京であり、『その街の日本酒もまた一流』という目で注目してくれる」

 2015年、田村さんは、嘉泉のラインナップに『東京和醸』という酒をくわえた。合せる料理を選ばない、それでいてちゃんと後味には日本酒らしさがある。そして、ラベルには桜。東京の街並みのシルエットも描いてある。ぐいぐい東京を押し出す雰囲気である。

田村酒造場がつくるまぼろしの酒「嘉泉」 ©文藝春秋

「和食がこれだけ注目される今、食との相性のいい酒が、これからの日本酒のありかただと思うんです。酒離れが続いていくなかで、この東京和醸のような食中酒が活路を見出していくと思う」

 JR五日市線の秋川駅近くにある中村酒造もまた、多摩地区で愛される酒蔵である。中村家は慶長以前から同地に暮らしている、超がつく地元の名士である。酒蔵自体も200年以上の歴史を数え、『千代鶴』という酒を造り続けてきた。この純米吟醸は、とにかく爽やかで抜けがよくて旨い。

 そんな中村酒造の蔵元・中村八郎右衛門さんに、日本酒離れが進むなか、どのような対策をとっていくのかを尋ねた。

「急にのびるものは急にしぼむんです」

 禅問答のようで、少々戸惑っていたら、こう、付け加えてくれた。

「珍しい、新しいものを作ると最初は効果があっても、結局は続かない。長年のファンが、一番その蔵元の造る酒の味をわかっているし、その人たちにさらに愛されるように酒造りをしてきたのが、この酒蔵が続いた理由なんです。酒屋でその年の評判を聞く。それを翌年の酒造りに活かす。地道なものです」

「東京の地酒」の姿勢を徹底しているんですね、と聞くと、ちょっと照れくさそうに、こう答えた。

「いやあ、東京というよりは、この地域の地酒です。なにしろ、このあたりは、都心に行くときは『東京へ行く』と言って出かけてたくらい、東京の中心部とは離れていますから、やっぱり多摩の地元で呑まれないとだめなんですよ」