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川奈 まり子
2018/01/21

川奈まり子が愛した「時を忘れる怪談話」

川奈まり子が『日本怪談実話〈全〉』(田中貢太郎 著)を読む

『日本怪談実話〈全〉』(田中貢太郎 著)

 子供の頃よくあやしてくれた祖父に再会したような気分だ。私にとっては、父の書斎の片隅で羽衣みたいに埃をまとって隠れていた怪しい本の作者、それが田中貢太郎だ。

 貢太郎が遺した作品群を、私はどれだけ耽読しただろう。実在した人や場所の名前がちりばめられているというのに、お手玉のようにポンと放り投げられる怪異の数々。どこか中国の志怪小説に通じるようなオチの無さが、独特の魅力を醸していた。

 私の父は幽霊や妖怪が跋扈(ばっこ)する古い中国の説話文学を研究している変わり者で、今にして思えば、父の書いたものや資料を勝手に読んでいた子供の時分の私は、貢太郎作品に父と同じ匂いを嗅ぎ取って格別な親しみを覚えていたのだろう。

 当時は知らなかったが、田中貢太郎は「剪燈新話」「聊齋志異」といった中国の怪談を好んで読み漁っていたそうだ。貢太郎怪談の成功が現代日本の怪談実話の原型を作ったのかもしれず、だったら怪談や奇譚を書くようになった現在の私、ああいう父の娘であるこの私が、彼のことを「祖」と感じるのも道理なのだ(私がそんなことを言うと各方面に迷惑がられそうだけれども)。

 ともあれ、そんな個人的にも懐かしい貢太郎怪談の集大成、全234話が、河出書房新社から装いも新たに『日本怪談実話〈全〉』として甦った。再版されるのはこれで3度目。日露戦争のさなかから第二次大戦前頃の間に集めた実話集が、なぜこんなにも長く人を惹きつけるのか。

 簡潔な掌編群だ。そこに登場するのは、現代では差別用語だが本書ではあえて原文のまま婢(はしため)と表記されている女中や書生や軍人など、過去の人々。だがしかし、行間からじっとりと滲み出す愛憎や恐怖の、なんと生々しいことか。

 人の情を媒介にイメージが喚起され、読むうちに束の間のタイムトリップに誘われ、時を忘れる。眩暈(めまい)がするようなこの感じ、久方ぶりに病みつきになりそう。

たなかこうたろう/1880年、高知県生まれ。作家。伝記物、情話物などを書くかたわら、怪談・奇談の大家として一時代を築く。大町桂月、田山花袋らに師事。滝田樗陰に認められ『中央公論』で活躍。1941年没。

 

かわなまりこ/東京都生まれ。作家・元セクシー女優。近著は『迷家奇譚』『実話奇譚 呪情』など。父は説話文学研究者の高橋稔氏。

日本怪談実話〈全〉

田中 貢太郎(著)

河出書房新社
2017年10月25日 発売

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