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連載文春図書館 著者は語る

柴田元幸さんが語る「ハックルベリー・フィンとトランプ大統領の共通点」

『ハックルベリー・フィンの冒けん』(マーク・トウェイン著)を訳者が語る

『ハックルベリー・フィンの冒けん』(マーク・トウェイン 著、柴田 元幸 翻訳)

 ハックルベリー・フィンはどれくらい漢字が書けるか? そんな奇問を考え抜いた柴田元幸さん。結果、〈「険」は無理でも「冒」は(横棒が一本足りないくらいのことはありそうだが)書けそうな気がする〉と、アメリカ文学の金字塔は新たな訳題で生まれ変わった。

「原文での綴り間違いなどを日本語に移すなら漢字が書けるかどうかに相当するんじゃないかと思い、ハックの語り口に寄り添って一語ずつ考えていきました」

 こんな具合だ。〈すこしは文しょうも書けたし、九九(くく)も六七(ろくしち)=三十五まで言えたけど(中略)どのみちさんすうなんてキョウミない〉

 カタカナや傍点を駆使した文章はかなり独特ながらも読みやすい、絶妙なバランスを保っている。

「この小説の最大の魅力はハックの“声”の伸びやかさなので、それを活かす訳文を目指しました。少年の語り口がこれほど自然でしなやかな小説は滅多にない。少年小説の原点であり、現代に至るまでベストの一作でもあります」

 柴田さんが「今こそ読んでほしい」と思うのには、もうひとつ意外な理由が。

しばたもとゆき/1954年東京都生まれ。翻訳家、東京大学名誉教授。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザーなど現代アメリカ文学を中心に翻訳多数のほかエッセイや文芸誌「MONKEY」の責任編集も手がける。2017年、早稲田大学坪内逍遥大賞を受賞。©朝岡英輔

「ハックの態度に一貫している脱権威、脱知性というのは自由を尊ぶアメリカの真髄です。彼はどんな時も自分が正しいと思い込むことなく、手探りで道徳観を作っていく。一から国を造り上げたアメリカの“らしさ”が一番良い形で現れたような小説です。ところがこの脱権威、脱知性こそトランプが言っている事そのものなんです。ハックの精神が一番悪い形をとるとトランプが席巻するアメリカになる。実は表裏一体なんですよね……。悪い形ばかり目を引きがちな今だからこそ、アメリカの真の良さってこれなんだ、と広く読まれればと思います」

 1885年に刊行された本作で、ハックは黒人奴隷を逃がすことの是非について葛藤する。当時の規範ではそれは“悪”だからだ。

「ハックは自分を社会の半端者と捉えていて、自分に正義があるなんて一切思わない。そのフラットな目線ゆえの辛辣な風刺も多くて、ある事故の死者が黒人だけと聞いた優しい小母さんが、誰もケガしなくて良かったと言う場面など、こういう無意識の差別は今もあるのでは? と思わされます」

 ニガーという語の頻出が差別的と批判されることもあり様々な読解が可能な文学史に残る傑作――などと身構えず、「とにかく面白い。敷居は低くて奥が深い」というこの1冊で“良きアメリカ”に触れてみたい。

『ハックルベリー・フィンの冒けん』
マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』と並ぶ代表作。トムとの冒険で得た大金のせいで自由な生活が一変したハック。善意の未亡人の家で窮屈に暮らし、ろくでなしの父親まで寄り付いてしまう。逃げ出そうとミシシッピ河にカヌーを漕ぎ出したハックは逃亡中の黒人奴隷ジムと出会い、奇妙な2人旅が始まる。

ハックルベリー・フィンの冒けん

マーク・トウェイン(著),柴田 元幸(翻訳)

研究社
2017年12月19日 発売

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