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病的な執着心で妻と娘を束縛したきた男の復讐とは

桜庭一樹が『七年の夜』(チョン・ユジョン 著)を読む

2018/01/28
『七年の夜』(チョン・ユジョン 著 カン・バンファ 訳)

“人間は銃を手にすれば誰かを撃つものであり、それこそが人間の天性なのだ”

 韓国で約五〇万部を売り上げ、フランス、台湾、ベトナム、中国、ドイツ、タイなどでも翻訳されたミステリー小説が、ついに日本に上陸した。

 物語には、二人の父親が登場する。一人は樹木園の主ヨンジェ。妻と娘のことを“自分次第で動く手の指足の指”だと思い、“「自分のもの」に対する病的な執着”から束縛し、暴力を振るっている。もう一人はヒョンス。元プロ野球のキャッチャーで、並外れた大男。十一歳の跡取り息子を溺愛している。

 ある日、大男ヒョンスがヨンジェの娘を事故で死なせてしまった。ヨンジェは、自分の指がもがれたとばかりに、復讐に燃える。ダムに沈む古い村を背景に、二人の父親の死闘と、巻きこまれたヒョンスの息子の苦しみが始まる――。

 著者が幼いころ、母からつけられたというあだ名「突っ走る電車」さながらに、物語は黒煙を上げて暴走していく。そして、「自分の作品は読者に考えさせるものでなく体験させるもの」という著者の言葉通り、読み終わったときには、こちらはフラフラ。お化け屋敷からようやく出られたときのような気持ちで本を閉じるのだ。

 この作品のテーマはなんだろうか。まず、人間の本質がほかならぬ「悪」であること。それから、前時代的な家父長制こそ悪の「増幅装置」だということだ。小説や映画の中で復讐が語られるとき、わたしたちはつい復讐する側に肩入れしてしまう。でもこの作品では、娘の敵討ちに燃えるヨンジェのほうを、恐るべきモンスターとして描いている。その理由は、ヨンジェを突き動かしているのが悲しみではなく、家長たる己の所有物を壊されたことへの憤怒――つまりは自己愛だから、なのだ。

 わたしは、ため息と共にこの本を閉じ、ついでさまざまなことに思いを巡らせた。現実世界に発生する暴力犯罪、戦争、ヘイト……それらのうち幾つかは、家父長制という衣を被ることによって、人間の内にある「悪」が解き放たれたときに起こった悲劇なのではないか、と思えた。

 二〇一七年に韓国で映画化され、復讐鬼ヨンジェ役を韓流スターのチャン・ドンゴンが演じた。

 版元の書肆侃侃房は福岡市の出版社。二〇一六年から刊行し始めた文芸ムック『たべるのがおそい』収録作から芥川賞候補が出たことでも注目されている。『七年の夜』は「韓国女性文学シリーズ」の三冊めで、四冊めの刊行も待たれる。

丁柚井/1966年、韓国・全羅南道生まれ。韓国で、もっとも次回作が待たれる人気女性作家のひとり。看護師、会社員を経て2000年に作家デビュー。韓国内で数々の賞に輝く。『七年の夜』は、2年を費やして書かれ、韓国で「今年の本」に選ばれた。

さくらばかずき/2007年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞。2008年『私の男』で直木賞受賞。最新刊は『じごくゆきっ』。

七年の夜

チョン・ユジョン (著),カン・バンファ (訳)

書肆侃侃房
2017年11月10日 発売

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