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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #15 Red(後篇)「また、オカンと一緒」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

 病院は、人間の修理屋さん。集中治療室の中は、手術用手袋のゴムの匂い。

 内視鏡をケツから入れられる時は、ユリアさんの話を思い出した。

「ケツに挿れられとる時の感じは、めっちゃ固いウンコが出たり入ったりしてるみたいな感じやねん」

 麻酔をしていたから、何も感じない。画面に映った、人間の腸の色は、赤い。

 どこにも行けなかったし、どこにも辿り着かなかった。あの頃の夕暮れの校庭と同じ事を思った。

 ナカムラは今、何やってんねやろ? ちゃんと大人になってるんかな?

 いつの間にか世界は、なれなかったもので溢れていた。ここまで来るんも、『スーパーマリオ』のワールド8くらいの難易度やったのに、どうにもならへんかった。流した涙で部屋の水位は上がった。屋根の無い家に暮らしているみたいに、直接雨が心に降ってきた。

 

「集中治療室ってとこで手術したやん」

 病院の待合室で、待っているオカンに言った。

「そんな名前の付け方やったら、なんか、そこ以外の治療室は別に集中せんでええみたいに聞こえへん?」

「うん」

「全部が集中治療室じゃないとアカンやろ?」

「せやな」

 ずっと素っ気ない返事を返して来るオカンは、また始まったっていう顔をしてる。オレはそんなに異常な事言うてんのかな?

「あの医者、今までどんだけ人のケツ見て来たんやろ?」

 僕は話を続ける。

「死ぬ前に見る走馬灯、多分、人の肛門だらけやで?」

 僕が今死んだらその走馬灯は、ノートにネタを書いているシーンばかりが流れる。

 

 狭いワンルームの部屋に2つ、布団を隣に敷いて眠る。オカンと同じ部屋で寝るなんて、子どもの頃以来だ。

 25歳になってオカンと一緒の部屋に寝るなんて、恥ずかしい。

 僕が上京した後すぐにオカンは、ボロアパートに引っ越して、家賃を浮かせて仕送りをしてくれた。

 そんな想いが詰まっとるお金、使われへんわ。銀行口座から下ろせなかった仕送りと、ATMのタッチパネルの上に、ふと落とした涙。

 そんな風に、言えなかったありがとうは、たくさんある。

 オレが傷つくと同じように傷つくオカンは、まるで、オレを通してもう一つの人生を生きているみたいやった。

 

 麻酔が切れると、痛みの閃光でホタルのようにケツが光り出した。オカンは隣で、寝息を立てていた。

 あまりにも痛すぎて、僕は意識を失った。そのまま始まった夢の中で、僕は3年前に戻っていた。

「僕、内視鏡にケツ、犯された事あるんですよ」

 隣に居るユリアさんにそう言いながら、夜空を見上げた。小さな星がちらほらと浮かんでいる。

 相変わらず全ての星たちが、銀河鉄道の線路の置き石。

「いまだに女ともやった事ないのに、初体験の相手が内視鏡なんて最悪ですわ」

 僕の隣で、ユリアさんが笑う。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)