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涌井秀章の残留がロッテの“最大の補強”になってはいけない

文春野球コラム ウィンターリーグ2017

2018/01/31

 11月からずっと考えていたことがある。涌井秀章がいない2018年マリーンズのことだ。

 おそらく対外的にエースと呼ばれるのは二木康太か、それとも石川歩か。佐々木千隼や酒居知史は昨年後半の活躍同様ローテーションに入れるだろうか。オルモス、ボルシンガーは活躍できるだろうか。藤岡貴裕、唐川侑己、西野勇士、大嶺祐太は復活してローテ争いに割って入れるだろうか。いや、根本的なことを言うと涌井の穴は埋まるんだろうか。埋めるだけの選手は台頭するんだろうか。そういったことばかりを考えていた。

29日にロッテと再契約した涌井 ©文藝春秋

気づけばマリーンズのエースは涌井だった

 2014年、涌井秀章は伊東勤監督を慕ってライオンズから移籍してきた。2011年に痛めた肘の影響なのか、2012年以降先発では結果が出ず、中継ぎ、抑えとして起用されていたが、マリーンズでの役割は先発。

 2014年当初は四球を連発し、不安定な投球を続けていたが、伊東監督も辛抱強く起用を続け、後半になるにつれ安定感を増し、シーズンが終わる頃にはすっかり「エース格」になっていた。

 涌井の投げる試合で忘れられないのが2014年8月2日のバファローズ戦。当時破竹の勢いで勝ち進んでいたバファローズのエース金子千尋と投げ合い、6回1/3を投げ1失点。見事に投げ勝った。その試合も毎回のようにヒットを打たれ、フォアボールを与えていたのだが、ギリギリのところで崩れない。内容だけなら金子の圧勝だったはずだが、踏ん張りきった。

 以後涌井は「崩れそうで崩れない」粘りの投球で勝っていった。3回ぐらいまでに70球近く球数を要して「大丈夫なのか」と思っていたら5回ぐらいに立ち直り、7回頃にはエンジンがかかりその日MAXの球速を叩き出すなんてこともザラだった。ライオンズ時代のキレキレな速球があるわけでも、とんでもなく大きく曲がる変化球があるわけでもないが、粘り強くアウトを一つ一つ積み重ねていく。先に点を与えることがあっても味方の援護があるまで粘る。それがマリーンズの涌井が築き上げたスタイルだ。

 2015年に最多勝、2016年も10勝を挙げた。とにかくイニングも食える。我慢もできる。気づけばマリーンズのエースは涌井だった。

 だからこそメジャーに行くと宣言したとき、心細かった。2017年は5勝に終わったとはいえ、投手陣の中心にいたことは間違いない。序盤で打ち込まれることも多かったが、チームで一番のイニングを投げた。シーズン中には通算2000イニング登板も達成した。辛抱強く投げるこの投球は誰にもマネできていない。

 だが、ダルビッシュ有や上原浩治、果てはイチローまでが2018年の所属が決まらないというメジャーの移籍市場。なかなか決まらないのは初めから分かっていたと思う。2月以降も待てばオファーはあったかもしれないが……キャンプを目前に涌井が残留を決意したという報道が一斉に入ってきた。