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中国史上最高の名君・劉秀に仕えた武将・呉漢の生涯

細谷正充が『呉漢』(宮城谷昌光 著)を読む

2018/02/04
『呉漢』(宮城谷昌光 著)

 群雄割拠の乱れた大陸を統一し、後漢王朝を開いた劉秀(光武帝)を、中国史上最高の名君と称える人は多い。宮城谷昌光の最新長篇は、その劉秀に仕えて、彼の偉業を助けた武将・呉漢の生涯を描いた大作である。

 貧家に生まれた呉漢は、南陽郡宛(えん)県の城壁の外にある、彭家の農場で働いていた。己の殻に閉じこもり、地べたと向き合って日々を過ごしている呉漢。しかし彼は、他人の言葉を心に留め、時間をかけても理解する力を持っていた。彭家と縁のある潘臨(はんりん)に、その資質を認められた呉漢は、農場長を補佐する副手となる。また、出稼ぎ先で、郵解や祇登(きとう)という人物とも知り合う。特に学識豊かな祇登を、呉漢は人生の師として厚く遇するようになる。

 漢王朝が倒れ、王莽(おうもう)による新王朝が開かれた時代の流れの中、新野県の県宰となった潘臨は、呉漢を亭長(警察署長のような官職)に抜擢する。誠実に亭長を務めていた呉漢だが、祇登の仇討ち騒ぎに巻き込まれ、せっかくの職を捨てて、放浪の身となる。しかしそんな彼を慕って、次々と男たちが集まってきた。そして新王朝が倒れ、動乱の時代となると、頭角を現した劉秀に仕えた呉漢は、武将の才能を開花させていく。

 貧しい農民であった呉漢が、なぜ名君の劉秀から、もっとも信頼される武将になれたのか。作者が作り上げた呉漢のキャラクターを見れば、納得できるだろう。彼は常に、他人の言葉と真摯に向き合う。自分が好意を覚えた人だけではない。憎しみをぶつけてくる人の言葉も、きちんと受け止め、己の糧にするのである。また、理解できない言葉があっても、心に留め置き、ゆっくりと血肉にしていくのだ。

 さらに農民として生きてきたことで、自然の力の大きさを知り“農業は合理ではできず、不合理をうけいれて昇華する心力をもたねばならない”と思っている。以上の資質を熟成させたことで呉漢は、優れた人間洞察力と、戦の呼吸を会得できたのだ。

 このように成長していく呉漢と、その周囲に集まった男たちを、上巻で風味豊かに描いた作者は、下巻で彼らの戦いを活写する。劉秀の理想のために奔走する呉漢の戦いは、興奮の連続だ。魅力的な主人公の生涯と、時代のダイナミズムが、存分に堪能できるのである。

 なお作者には、劉秀の生涯を題材にした『草原の風』という物語がある。併せて読めば、この時代の動きと人物を、複眼的視座から捉えることができるだろう。これもまた、宮城谷作品の楽しみ方なのだ。

みやぎたにまさみつ/1945年愛知県生まれ。91年『天空の舟』で新田次郎文学賞、『夏姫春秋』で直木賞、94年『重耳』で芸術選奨文部大臣賞、2001年『子産』で吉川英治文学賞を受賞。16年旭日小綬章を受章。『奇貨居くべし』『三国志』など著書多数。

ほそやまさみつ/1963年埼玉県生まれ。文芸評論家、アンソロジスト。『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』など。

呉漢 - 上下巻セット (単行本)

宮城谷 昌光

中央公論新社
2017年11月8日 発売

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