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池内紀「1968年『プラハの春』を体験して感じたこと」

『記憶の海辺』(池内紀 著)――著者は語る

『記憶の海辺』(池内紀 著)

「自分の人生を綴った本はこれが最初で最後のつもりです」

 ドイツ文学者でエッセイストの池内紀さんが、自伝的回想録『記憶の海辺』を上梓した。生まれ故郷の姫路での日々、家族の死などを経た青年が、ドイツ文学と出会い成長する姿が描かれる。各章の冒頭には、同時代の社会的な出来事がまとめられているのも特徴的だ。

「オーストリア留学中の一九六八年に『プラハの春』を体験したことは、精神形成に大きな影響があったと思います。ソ連軍の侵攻のふた月前に、友人たちとプラハに旅行をし、居酒屋で酒を飲み大騒ぎをしたばかりでした。一報を知って、ウィーンのなじみのカフェに駆け込むと、誰もが号外を読んだり、ラジオのニュースに耳を傾けていた。テレビは薄暗くてまともに映像は見えませんでしたが、その時に、自分は『歴史』というもののただ中にいると感じました。そして同時に、権力は簡単に人々の日常を壊すことができることも知ったのです」

 歴史に残る著名人との邂逅も本書の魅力の一つ。ノーベル文学賞を受賞したギュンター・グラスやナチス・ドイツのプロパガンダ映画『意志の勝利』『民族の祭典』などで知られるレニ・リーフェンシュタールへのインタビューは、特に思い出に残っているという。

池内紀さん

「雑誌の企画で、レニにインタビューをしてくれと頼まれました。当時、八十九歳でしたが、かくしゃくとしていましたね。挨拶をして早々、目の前に回想録をドンと置いて、『重要なことはここに書いているわ』と宣言をされた。それでもウィットに富んだ受け答えで、ダンサー時代のことやヒトラーとの思い出について語ってくれましたね」

 住まいの様子やちょっとしたしぐさなど独特の観察眼によって、レニとの会見記は膨らみを増している。

「以前、文学者としての歩みを綴った自伝を雑誌に連載していました。それを七十七歳を迎えてこのような本にしました。ただ一冊にしても面白くないので、方々で書いてきたエッセイやインタビュー取材の原稿に手を入れて収録したんです。原稿はいろいろな媒体で書いたままになり、海の漂着物のようになっている。それが海岸に打ち寄せられるのと同じく、一冊に集まりました。それがタイトルの由来にもなった。いずれこういう形で発表したいと頭の片隅で考えてはいましたが、並べ直すと自分の精神史を振り返る内容になっていて驚きました」

記憶の海辺 ― 一つの同時代史 ―

池内紀(著)

青土社
2017年12月1日 発売

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