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10代で師範となった書家・岡西佑奈が“色”に目覚めた理由

アートな土曜日

2018/02/10

 雪に覆われて白一色に染まった軽井沢で、ユニークな青色に出合った。JR軽井沢駅からほど近い軽井沢ニューアートミュージアム内、Whitestone Galleryで開催中の岡西佑奈展「青曲」。

 

海をモチーフにした、見覚えのない「青」

 アートの歴史上、青が強い印象を残す作品は多い。20世紀なら、オリジナルの「インターナショナル・クライン・ブルー」なる色まで作ってしまったイヴ・クラインによる青一色の絵画。日本画の東山魁夷は、緑がかった透き通る青で深い森を表現した。時代を遡れば、フェルメールの肖像画《真珠の耳飾りの少女》で少女の頭に巻かれたターバンは、目に鮮やかな青だった。浮世絵の最高峰たる葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》も、描線や画面構成の妙とともに、海の濃い青が目に焼き付く。

 今展で観られる岡西佑奈の「青曲」シリーズは、全面に塗られた青い「地」の中を、うねるような太いシルバーの描線が「図」として走り回っている。青の地色は深みと透明感が同居していて、他では見かけない不思議なニュアンスを持つ。

「青い海と人間が調和する象徴として、鮫というモチーフを感じてもらえたら」と語る岡西佑奈さん 撮影:伊澤絵里奈

 この青がどこから来たのかといえば、海のイメージであるという。本人の言葉を聞けた。

「水深にして15メートルほどの深い海の中。水は澄んでいてうっすら光は届く。潮の流れで光が乱反射してグレーや白、濃紺と色味は複雑に混ざり合う。そんな海の青を、きれいに出したかったんです」

 驚くべきは、彼女が色を作品に用いたのは今作がほぼ初めてだということ。これまでは基本、墨一色だった。というのも岡西佑奈は本来、書家なのである。

 10代で師範となり、これまでに多数の書作品を残し、しばしば個展も開いてきた経歴を持つ。

 筆を持ち書き続けるうち、岡西はいつしか、

「書はアートと地続きだ」

 と思うようになる。和紙の上に型通りの字形で書く伝統の手法を、何が何でも守る必要はないんじゃないか。そう考えて、書道用紙をキャンバスに置き換えたり、パフォーマンスとして人前で書を一気に書き上げてみたりした。自身の素直な感情を、よりよく表現できるかたちはないかとの模索だった。

 そうして岡西は、地色に青を敷くところにまで行き着く。アートの歴史や文脈から導かれたものではないから、岡西の青は、他のどんなアーティストの色合いとも異なる味わいを得たのだ。

 

鮫の泳ぐ軌跡と書の運筆は等しい

 青く塗ったキャンバスを、岡西は海に見立てた。では、勢い溢れる銀色の線は何を象徴している?

「鮫、です。小さいころから大好きで、鮫の研究者になりたいと本気で思っていたほど。それで、あるとき気づいたんです。鮫の泳ぎの軌跡と書の運筆はそっくりじゃないか! ということに。

 鮫は優雅に広い海中を泳ぎながら、ときに鋭く力強いターンを見せて獲物を狙ったりします。その自由な動きは、自然が生み出す曲線美の極み。書で表すものはすべて自然の美に倣うべき、というのが私の根本的な考え方なので、鮫の動きと一体化することこそ、私にとって理想の筆の運びです」

 なるほどそう言われてみれば、「青曲」に描かれている伸びやかでしなやかな線は、何らかの動きの「跡」に見えてくる。

 

 深い青色に染まった海の中で、鮫が突如として現れ躍動したかと思えば、次の瞬間には海の奥へとスッと消えていく−−。そんな体験の残像が形を成して、目の前にあると感じられる。

 会場では併せて、《美》や《生》といった文字を108枚書き、それをひとつの画面にまとめ上げた作品なども観られる。

 岡西が胸に抱き続けてきた「書はアート」という言葉が、観る側の心にもすとんと落ちてくる展示だ。

「言霊という言葉があるように、文字には生命力が宿ります。作品からその辺りが伝わればいい」(岡西さん)