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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #17 Dark Green「玲奈。僕の初めての彼女」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「ネタ書いてるとこ、初めて見た」

 頭上から、玲奈の声がした。

「これ、ネタちゃうよ。脚本やねん」

「脚本?」

「オカンが働いとる幼稚園でお遊戯会があってさ、『アンタ、ネタとか書けんねやったら脚本書けるやろ?』言われて、書かされてるねん」

 ガキの頃、大量の映画と留守番させとったんは、いつかお遊戯会の脚本を書かすためやったんかな?

「書いてあげてるんやね!」

「不思議の国のアリスを現代版にしたやつをやるらしいねんけど、アリス役が5人おったりするねん。なんで同じ役、何人もおるねんやろ? 何か気色悪くない?」

 公園では子ども達がヒーローごっこをやっていた。昔と違うのは、同じ役を何人もやれて、全員がヒーローになれる事。

 もう誰も怪人の役をやらなくてもいい。僕のように、ヒールをやらされる子どもはもう居ない。

 

「彼女が出来たわ」

 そうオカンに伝える。親に恋人の事を話すのは恥ずかしい。27年間の人生で、初めての恋人。

 オカンは、「子どもがでけへんように、避妊をちゃんとしいや」とだけ言った。オカンがそれをちゃんと守っていたら、僕はこの世に生まれてない。まるで、オレの存在を全否定するみたいな一言やな。

 そしてオカンは、僕が出来た時の話をした。その時、僕の両親は、まだ21歳だった。

「堕ろせって言われへんかって、幸せやった」

 父の出した答えが違うものだったら、僕は、この世に生まれてなかった。

「もし堕ろしとったら、職場で子ども達を見るたびに絶対思い出してしまうやん? だから、どうしても産みたかってん」

 そして、オカンはまた、こう念を押した。

「とにかく、子どもがでけへんように、避妊をちゃんとしいや」

 その言葉を、僕は守れなかった。

 一番大きいサイズのコンドームも入らない。その時に初めて、自分の性器が普通の人間のサイズじゃない事を知った。

 とんでもないバケモンになったような感覚。

「着けなくてええよ。出す時、お腹に出してくれたら」

 挿入している間、玲奈は、苦痛で顔を歪ませ、苦しい声を殺してる。まるで、凶器で痛めつけているみたいに感じた。

「痛いの?」

「あんまり、奥には挿れないで」

 上手くいかない。なんでやろ?

 こうなると、本当は付き合ってはいけない2人みたいで、悲しい。こうなった時どうしたらいいのか、性教育では教えてくれなかった。

「ゆっくり動かして。自分がどれだけデカいか、分かってる?」

 デカいって、比較対象があるから言えるセリフ。今まで何人とこういう事して来たんやろ? 僕は彼女しか知らないのに。

 そんな事を考えたら、ぷよぷよで負けた時に落ちてくる、透明なぷよぷよみたいに、嫉妬が僕の頭を埋め尽くしていく。

 玲奈のお腹の上に出た精液は、シュークリームが破裂して、飛び散ったクリームみたいやった。

 お笑いをやめて、ネタを考えるのもやめた。

 スマホに通信制限がかかって遅くなるみたいに、考える速度が急速に衰えていった。

 終わった。

 こっからまた普通の人間に戻れるんやろか? 今までこんな風に生きてきた高卒のオレが、ちゃんと幸せに生きていけるくらい、社会は優しく出来てるんやろか?

 触った物を全部凍らせるような、摂氏の低い絶望。

 死のうと思っていた。あと1つだけ、そこに至るだけの決定的な理由を探すだけだった。理由なんて、結局いつも後付けで、いつだって先に衝動がある。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)