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絶えざる反省が手術のクオリティを向上させる――食道がんの名医 大杉治司医師

2018/05/22
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出血量が3分の2以下に

 ですが、実際の患者さんに適応するまで3年かかりました。なぜなら、胸腔鏡でリンパ節を切除できるのか不安があったからです。欧米は日本と違って、リンパ節をきちんと切除する質の高い手術をしていませんでした。私たちは食道を切除するだけなら胸腔鏡でもやれる自信があったのですが、リンパ節まで切除できるのか不安でした。そこで、どうしたらそれができるのか、シミュレーションを繰り返しました。当初は画像もデバイス(手術器具)も質が悪かったので、ずいぶん苦労しました。

――実際の患者さんに適応してみて、いかがでしたか?

 最初の頃に手術を受けていただいた患者さんには大変申し訳ないのですが、実は最初の36例と、それ以降の患者さんとでは、成績に明らかに差がありました。最初の36例に合併症などの問題があったわけではないですが、37例目以降は手術時間や出血量が3分の2以下になったのです。

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 このことからも、胸腔鏡や腹腔鏡には一定のトレーニングが必要だとわかります。現在はトレーニングシステムが確立しているので、食道がんの開胸手術をマスターしており、術後の合併症の対応もできる外科医なら、指導を受けながら10例もやれば胸腔鏡下手術をマスターできるでしょう。

 私が若い頃は手術に立ち合っても、執刀医や前立ち(助手)くらいしか、術野は見えませんでした。「技術を盗めと言われても、どう盗むねん」と思っていました。当時は医学部を卒業して10年くらい経たないと、まともに見える立場になれなかったのです。しかし、それでは外科医を一人前に育てるのに時間がかかります。ところが今では、胸腔鏡のおかげで術野がモニターに映るので、手術室にいるみんなが、執刀医が何をやっているのかわかります。それによって、若くて優秀な外科医が早く育つようになりました。

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――現在は、若い外科医の指導にも力を入れておられますが、何を念頭に教育なさっていますか?

 手術を漫然と進めてはいけないと教えています。たとえば、私は50センチの糸を使っており、結ぶ場所によって太さも決めています。それには必然的な理由があるのですが、なんとなく糸を使っている外科医が少なくありません。しかし質の高い手術をするには、自分がしていることすべてを理屈で説明できなければいけません。